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南天の赤い実
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『南天の赤い実』
寒さの厳しい冬の朝、南天の赤い実が霜に輝いていた。透き通るような冬の空気の中で、その赤はひときわ鮮やかで、まるで希望の象徴のように思えた。
花咲(はなえ)は庭先で南天を見つめていた。幼いころから、祖母が「南天は難を転じる木だ」と話していたのを覚えている。その言葉にすがるように、花咲は今日という日を迎えたのだった。
今日は、元恋人である嵐士(あらし)と久しぶりに会う約束をしていた。別れてから三年。大学を卒業し、それぞれの道を歩む中で、自然と疎遠になってしまった二人だったが、共通の友人の結婚式で再会したのがきっかけだった。
「あの頃の君と、少しも変わっていなかったよ」
式の帰り際、嵐士がふいにそう言ったとき、花咲は胸が高鳴るのを感じた。変わっていないのは、自分だけではないのだと、その瞬間に気づいた。
それでも、再び会うことを決めるまでには時間がかかった。過去の思い出が心に重くのしかかるような気がして、何度も迷った。だが、南天の実を見たときに思ったのだ。「難を転じる」ためには、自分も向き合わなければならない、と。
待ち合わせは、二人がよく訪れた神社だった。人通りが少なく、静かな場所だ。石畳を踏みしめながら歩いていくと、境内の南天の木の下で嵐士が待っていた。
「久しぶりだね、花咲」
変わらない優しい声だった。それが、彼の存在のすべてを一瞬で蘇らせるようだった。
「久しぶり……元気そうだね」
花咲はぎこちない笑みを浮かべたが、嵐士は少し気まずそうに視線を逸らした。
「こうやって君と会うの、変な感じだな」
「私も。少し緊張してる」
二人は歩きながら、昔の思い出を話し始めた。大学時代の楽しかった日々、些細なけんか、そして最後の別れ。どれも色あせることなく心に残っていた。
「君に、謝りたいことがあるんだ」
唐突に嵐士が立ち止まった。
「俺、君の気持ちをちゃんと考えずに、自分の夢ばかり追いかけてた。君を傷つけたこと、本当に後悔してる」
その言葉に、花咲の胸がぎゅっと締め付けられるようだった。嵐士が夢だった海外勤務を選び、遠距離恋愛になった末に別れた。それは仕方のないことだと思っていたが、やはり心のどこかで寂しさを抱えていた。
「そんなことないよ。私も、ちゃんと向き合えなかったから……」
二人は静かに見つめ合った。境内の風が吹き抜け、南天の赤い実がかすかに揺れる。
「でも、今こうやってまた会えたことが、嬉しいんだ」
嵐士の言葉に、花咲は頷いた。彼の目に映る自分が、かつての自分とは少し違う気がした。それでも、変わらないものがあることも確かだった。
「嵐士、私も嬉しいよ。南天の木の下でこうして話してると、昔みたいで……なんだか安心する」
嵐士は穏やかに微笑み、花咲の手をそっと握った。その温かさが、冬の寒さを忘れさせてくれるようだった。
「俺たち、またやり直せるのかな」
「どうだろう。でも、今日ここに来てよかったって思う。少しずつでも、また歩き始めたいな」
二人の視線が交わり、笑顔がこぼれる。南天の赤い実は、どこまでも鮮やかに輝いていた。まるで、二人の新たな未来を祝福するかのように――。
この日から、二人は再びゆっくりと歩み寄り始めた。過去の痛みも喜びも抱きしめながら、赤い実のような小さな希望を胸に刻んで。
寒さの厳しい冬の朝、南天の赤い実が霜に輝いていた。透き通るような冬の空気の中で、その赤はひときわ鮮やかで、まるで希望の象徴のように思えた。
花咲(はなえ)は庭先で南天を見つめていた。幼いころから、祖母が「南天は難を転じる木だ」と話していたのを覚えている。その言葉にすがるように、花咲は今日という日を迎えたのだった。
今日は、元恋人である嵐士(あらし)と久しぶりに会う約束をしていた。別れてから三年。大学を卒業し、それぞれの道を歩む中で、自然と疎遠になってしまった二人だったが、共通の友人の結婚式で再会したのがきっかけだった。
「あの頃の君と、少しも変わっていなかったよ」
式の帰り際、嵐士がふいにそう言ったとき、花咲は胸が高鳴るのを感じた。変わっていないのは、自分だけではないのだと、その瞬間に気づいた。
それでも、再び会うことを決めるまでには時間がかかった。過去の思い出が心に重くのしかかるような気がして、何度も迷った。だが、南天の実を見たときに思ったのだ。「難を転じる」ためには、自分も向き合わなければならない、と。
待ち合わせは、二人がよく訪れた神社だった。人通りが少なく、静かな場所だ。石畳を踏みしめながら歩いていくと、境内の南天の木の下で嵐士が待っていた。
「久しぶりだね、花咲」
変わらない優しい声だった。それが、彼の存在のすべてを一瞬で蘇らせるようだった。
「久しぶり……元気そうだね」
花咲はぎこちない笑みを浮かべたが、嵐士は少し気まずそうに視線を逸らした。
「こうやって君と会うの、変な感じだな」
「私も。少し緊張してる」
二人は歩きながら、昔の思い出を話し始めた。大学時代の楽しかった日々、些細なけんか、そして最後の別れ。どれも色あせることなく心に残っていた。
「君に、謝りたいことがあるんだ」
唐突に嵐士が立ち止まった。
「俺、君の気持ちをちゃんと考えずに、自分の夢ばかり追いかけてた。君を傷つけたこと、本当に後悔してる」
その言葉に、花咲の胸がぎゅっと締め付けられるようだった。嵐士が夢だった海外勤務を選び、遠距離恋愛になった末に別れた。それは仕方のないことだと思っていたが、やはり心のどこかで寂しさを抱えていた。
「そんなことないよ。私も、ちゃんと向き合えなかったから……」
二人は静かに見つめ合った。境内の風が吹き抜け、南天の赤い実がかすかに揺れる。
「でも、今こうやってまた会えたことが、嬉しいんだ」
嵐士の言葉に、花咲は頷いた。彼の目に映る自分が、かつての自分とは少し違う気がした。それでも、変わらないものがあることも確かだった。
「嵐士、私も嬉しいよ。南天の木の下でこうして話してると、昔みたいで……なんだか安心する」
嵐士は穏やかに微笑み、花咲の手をそっと握った。その温かさが、冬の寒さを忘れさせてくれるようだった。
「俺たち、またやり直せるのかな」
「どうだろう。でも、今日ここに来てよかったって思う。少しずつでも、また歩き始めたいな」
二人の視線が交わり、笑顔がこぼれる。南天の赤い実は、どこまでも鮮やかに輝いていた。まるで、二人の新たな未来を祝福するかのように――。
この日から、二人は再びゆっくりと歩み寄り始めた。過去の痛みも喜びも抱きしめながら、赤い実のような小さな希望を胸に刻んで。
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