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春秋花壇

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蝋梅の香りに包まれて

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『蝋梅の香りに包まれて』

冬の澄んだ空気に、どこからともなく爽やかな香りが漂う。雪の中に佇む公園の一角、鮮やかな黄色い花が静かに咲き誇っていた。蝋梅の木だ。透き通った花弁が陽光を受け、宝石のように輝いている。

「ここで待ってるなんて、相変わらず変わらないね」

声に振り向くと、そこには長身で落ち着いた雰囲気の男性が立っていた。彼はマフラーを外しながら微笑みを浮かべている。

「冬馬……来てくれたんだ」

香澄は思わず顔をほころばせた。この場所は、香澄と冬馬の特別な場所だった。出会いも、初めてのデートも、この公園で過ごした思い出が詰まっている。

しかし、それももう過去のことだ。大学卒業後、香澄は東京で仕事を始め、冬馬は地元の家業を継いだ。連絡は次第に減り、いつの間にか二人は自然と別れていた。

それでも、心のどこかで彼のことを忘れられずにいた香澄は、今年もまたこの場所を訪れていた。偶然でも彼に会えたら――そんな淡い期待を抱きながら。

「ここの蝋梅、やっぱり綺麗だね。今年も咲いてるって聞いて、どうしても見たくなったんだ」

冬馬がそう言って、蝋梅の花に目を向けた。透き通る花弁の奥に、暖かさが宿るような黄色の色彩が広がっている。その姿に、香澄もつられるように視線を向けた。

「この花を見ると、君のことを思い出すよ」

冬馬の言葉に、香澄の胸が少しだけ高鳴る。

「私のこと?」

「そう。香りも花びらも、君みたいに繊細で綺麗だからね。でも、それだけじゃない。この蝋梅って、寒い冬にこそ咲くんだ。どんな厳しい状況でも、静かに美しさを保つところが、君みたいだと思う」

冬馬の真剣な眼差しに、香澄は言葉を失った。別れてからの時間、彼の中で自分がどんなふうに存在していたのかなんて、考えたこともなかった。それでも、こんなふうに想われていたことが、胸に沁みた。

「冬馬、私……」

言葉を紡ぎかけたその瞬間、冬馬がそっとマフラーを香澄の首に巻いた。

「寒いだろ。東京じゃこんなに冷えないんじゃないか?」

「そうだね。東京はもっと暖かいけど……」

香澄は冬馬の手が触れた首元にそっと手を当てた。その優しさが、心の奥に染み渡っていく。

「冬馬、私ね……あなたに伝えたいことがあったの」

冬馬は黙って香澄の言葉を待った。その沈黙が、彼の誠実さを感じさせた。

「あなたと別れてから、ずっと後悔してたの。本当は、あなたと離れるなんて、私にはできなかったんだって……」

香澄の声が震えた。その感情を押し殺そうとする彼女を見て、冬馬はそっと彼女の手を握りしめた。

「俺も同じだよ。離れてから、ずっと君のことを思い出してた。だけど、君が東京で頑張ってるって知って、俺のことなんか忘れて幸せになってほしいって思ってたんだ」

香澄の瞳に涙が浮かんだ。冬馬の温かい手の感触が、二人の距離を埋めていくようだった。

「でも、こうしてまた会えた。俺たち、やり直せるんじゃないかな」

冬馬の言葉に、香澄はゆっくりとうなずいた。

「うん、私もそう思う……もう一度、あなたと一緒にいたい」

二人はしばらく言葉もなく、蝋梅の木を見つめていた。その香りが、過去の思い出を優しく包み込み、未来への新たな一歩を照らしているようだった。

雪がちらつき始める中、二人は手を繋ぎながらゆっくりと歩き出した。蝋梅の香りに包まれたこの冬の日が、二人にとって新しい物語の始まりとなることを予感しながら――。






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