いとなみ

薔薇の館の誓い

「薔薇の館の誓い」

中世ヨーロッパ、霧深い森の中にひっそりと佇む小さな村。その片隅にある「薔薇の館」は、村人たちの間で語り継がれる伝説の場所だった。赤い薔薇が咲き誇る庭園を持つその館には、かつて一人の美しい貴婦人が住んでおり、愛を誓った若者を永遠に待ち続けているという。

エヴァリンは村の鍛冶屋の娘だった。父と弟たちを助けながら生計を立てる日々の中で、彼女の唯一の楽しみは、村の市場で偶然出会った青年、ローランとのひそやかな逢瀬だった。

ローランは伯爵家の次男。自由を愛し、貴族の身分に縛られることを嫌っていた。彼は狩猟の名目で度々村を訪れ、エヴァリンとの時間を楽しんでいた。だが、二人の関係は決して許されるものではなかった。

「ローラン、私たちの未来なんて、所詮夢物語よ。」
ある日、エヴァリンは寂しげに呟いた。
「貴族と平民が結ばれるなんて、誰も認めてくれないわ。」

ローランは彼女の手を取り、力強く言った。
「それでも、僕は君を選ぶ。どんなに遠い未来になっても、必ず君を迎えに来る。」

しかしその誓いが果たされることはなかった。

その翌日、ローランは父の命令で遠方の領地へ送られることになった。出発を前に、彼はエヴァリンに一つの約束をした。
「薔薇の館の庭で待っていてほしい。僕が帰ってきたら、そこで君に求婚する。」

涙を流しながらも、エヴァリンは頷いた。館の庭で咲き誇る赤い薔薇は、二人の愛の象徴となった。

だが、ローランの出発から数ヶ月が過ぎても、彼からの便りは届かなかった。次第に村人たちの間で、彼が戦地で命を落としたという噂が流れ始めた。エヴァリンは館の庭でローランを待ち続けたが、その姿は日に日にやつれていった。

それから10年が経った。

霧雨の降るある日、一人の馬に乗った青年が村に現れた。泥まみれのマントをまとったその男は、疲れ果てた顔をしていたが、その目には鋭い光が宿っていた。

彼は村人に問いかけた。
「薔薇の館はどこだ？」

その青年こそ、戦争と陰謀の渦に巻き込まれ、命からがら逃げ延びたローランだった。戦地から戻る途中、彼は自分を待っているはずのエヴァリンのことを思い出し、館へ急いだのだ。

薔薇の館にたどり着いたローランは、庭園の中心で一人静かに座るエヴァリンの姿を見つけた。彼女はかつての輝きを失い、痩せ細った体を寄せるように赤い薔薇に触れていた。

「エヴァリン！」
ローランが彼女の名前を叫ぶと、彼女はゆっくりと顔を上げた。その目には涙が光っていた。
「……あなたなの？ 本当にローランなの？」

彼は彼女に駆け寄り、その手をしっかりと握った。
「戻ったよ、エヴァリン。僕は君の元に帰ってきた。」

エヴァリンは微笑み、震える声で言った。
「私は信じていたわ。あなたが必ず迎えに来てくれるって……。」

二人は赤い薔薇に囲まれた庭で愛を確かめ合った。その夜、ローランはエヴァリンに求婚し、彼女の手を取って村を離れることを約束した。

薔薇の館には再び明かりが灯り、彼らの幸せを祝福するように薔薇の香りが風に乗って村中に広がった。

それから二人は、村の伝説となった。薔薇の館で誓った愛は、どんな困難をも越えて永遠に咲き続ける――赤い薔薇と共に。