いとなみ

優しさの香り

「優しさの香り」

冬の朝。空気は凍てつき、窓ガラスに白い息が映る。**水野真奈美（みずのまなみ）**は、手のひらを擦り合わせながらストーブの前に座っていた。

「また、手が荒れてる…」

赤くなった指先を見つめ、ため息が漏れる。冬になるといつも、真奈美の手は乾燥とひび割れに悩まされる。洗い物や掃除のたびに荒れがひどくなり、絆創膏が手放せない。それでも家事を休むわけにはいかないのだ。

そんなとき、郵便受けに一通の小さな包みが届いた。送り主の名前を見ると、心がほっと温かくなる。

「……山本さんから？」

山本浩二（やまもとこうじ）。職場で一緒に働く同僚だ。普段は無口で控えめな彼だが、真奈美のことを気にかけてくれる優しさが伝わってくる瞬間がたまにある。

包みを開けると、中からシンプルな白いチューブが現れた。

「ハンドクリーム…？」

手書きのメッセージカードが添えられている。

真奈美さんへ
寒い季節、手荒れがひどいと言っていましたね。これ、僕も使っています。レモンの香りが気に入っているので、よかったら使ってみてください。お仕事や家事で大変だと思いますが、無理しないでくださいね。

山本浩二

カードを読み終えた真奈美は、じわりと胸が熱くなるのを感じた。誰かが自分のことを気にかけてくれている。その事実だけで、不思議と心が軽くなった気がした。

翌朝、真奈美はそのハンドクリームを使ってみることにした。

「あなたが送ってくれたハンドクリームが、染み入るように手になじんでいく…」

小さな声で呟く。指先にクリームを伸ばしながら、柔らかなレモンの香りがふわりと広がった。その爽やかな香りは、まるで新しい朝の風のように真奈美の気持ちを晴れやかにしてくれる。

仕事場で山本に会うと、真奈美は照れくさそうにお礼を言った。

「昨日、クリーム使いました。すごくよかったです。香りも素敵で…ありがとう。」

山本は少しだけ照れたように笑った。

「それならよかった。冬場は手が荒れるのが辛いですよね。僕もそうだから、少しでも助けになればと思って。」

彼の言葉は控えめだが、真奈美の胸にはまっすぐ響いた。

その日以来、真奈美は家事の合間にもこまめにハンドクリームを塗るようになった。手荒れの痛みは少しずつ和らぎ、気持ちも前向きになっていく。

ハンドクリームの効果以上に、真奈美の心を温めたのは、そこに込められた優しさだった。冷たく乾いた手に塗り込むたび、浩二の気遣いが心に染み渡る。

ある日、仕事帰りのバス停で、山本と一緒になった。

「寒いですね。」

「ほんとに。もう春が待ち遠しいです。」

二人で並んで吐く白い息が、冬の空気の中に溶けていく。そのとき真奈美は、ふと勇気を出して口を開いた。

「山本さん、今度お礼にお茶でもどうですか？ちょっと奢らせてください。」

山本は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに優しい笑顔を浮かべて頷いた。

「それは嬉しいです。ありがとうございます。」

その日、家に帰った真奈美は、もう一度ハンドクリームを手に取った。

「大切にされている。いたわられている…」

レモンの香りが漂う部屋の中で、真奈美は静かに微笑んだ。どんなに寒い冬でも、人の優しさがあれば心は凍えない。

これからの季節が楽しみだ。そう思いながら、真奈美はハンドクリームを手のひらに伸ばし、温もりを感じていた。