いとなみ

恋と愛の違い

恋と愛の違い

「恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの」

その言葉を、由紀（ゆき）はいつも心の片隅に抱えていた。誰かに教わったわけではない。ただ、日々の経験の中で、自然とそう思うようになった。恋愛に関しては、どこかで「自分がどうしたいか」「どうなりたいか」に重きを置いていたけれど、愛はもっと別の感情だ。相手の気持ちや立場を、何よりも大切にするべきものだと思うようになった。

由紀はその思いを胸に、今、ひとつの決断をしようとしていた。目の前にいる、修（おさむ）という男性をどうするべきか、悩んでいた。

修は、由紀が高校時代から付き合っている彼氏だ。最初はただの友人として始まった関係が、気づけば恋人同士になり、もう三年が経った。しかし、その関係は少しずつ変わってきていた。

修は、由紀にとっては心地よい存在であり、安心できる存在だった。彼の優しさ、真面目さ、そしてどこか頼りないところに、最初は惹かれた。しかし、最近ではその「頼りなさ」が重く感じることが増えてきた。由紀が気づかないうちに、修は自分のペースで物事を進め、由紀が思うように物事を動かすことが少なくなった。あれだけ一緒にいたはずの彼との距離が、次第に広がっていった。

「最近、どうしてる？」由紀が修に聞くと、修は少し戸惑ったような表情を見せた。

「ん？特に…変わりはないよ。ただ、最近忙しいから、あまり会えなくてごめん。」

「そうだね…。」

その答えが由紀にとっては、何とも言えない重苦しいものになっていた。修は本当に忙しいのだろう。でも、忙しいからこそ、少しは心の中で考え直すべきことがあるのではないか、と思う自分がいた。それが、由紀の心を捉えて離さなかった。

夜、部屋の中で一人考えながら、由紀はふと気づく。今、修を好きだと思っている自分と、もう一度その関係を続けていく意味が分からなくなっている自分とが、頭の中で交錯していた。

「私、修を愛しているんだろうか？」

由紀はその問いを自分に投げかけた。恋はおそらく自分本位な感情だ。恋愛は、最初は心が高鳴り、相手にどうしても会いたくなり、心が満たされる。でも、愛は違う。愛は、相手を思い、相手を大切にすること。自分のことよりも、相手のことを最優先に考えられるかどうか。そういった思いが、由紀の中で次第に大きくなっていった。

修が、由紀をどう思っているのか。それは、確かに大事なことだ。しかし、今は、由紀自身が修をどう思っているのかを、真剣に考える時が来ているような気がした。

その夜、由紀は眠れなかった。心の中で、修との関係をどうするべきかをずっと悩んでいた。そして、気づくと、頭の中に浮かんだのは、久しぶりに会った友人、梨花（りか）の顔だった。

梨花とは高校時代からの友達で、由紀にとっては心の支えでもあった。梨花は、恋愛に関して非常に冷静で、由紀の気持ちをよく理解してくれる存在だった。由紀は、梨花に自分の悩みを打ち明けることにした。

「ねえ、梨花。私、修と別れるべきかな…。」

梨花は少し驚いたような顔をしてから、ゆっくりと答えた。「由紀、どうしてそう思うの？」

由紀は少し躊躇った後、心の中にあった思いを言葉にした。「最近、彼と一緒にいると、なんだか心が空っぽになってきて…。最初はすごく楽しかったけど、今は、なんだか…このままでいいのか分からなくなってきた。」

梨花は少し黙って考えた後、優しく答えた。「由紀、恋って、最初は自分の感情が先に立つことが多いけれど、愛はもっと違うものだよ。愛は、相手のことを考えてあげられるかどうか。自分のことばかりじゃなくて、相手が本当に求めていることを大切にする気持ちだと思う。」

その言葉が、由紀の心に深く響いた。今、彼女が迷っているのは、まさに恋と愛の違いに関することだった。自分がどれだけ修を愛しているかという感情よりも、今の修が自分に何を求めているのか、どれだけお互いが本当に心を通わせているのか、そのことが重要だった。

「でも、修がそれを求めているか分からない…。彼、私の気持ちには無関心だもん。」

「だからこそ、由紀は自分の気持ちに正直になるべきだと思う。恋と愛の違いを考えてみて。自分が彼を愛しているなら、きっとそれが一番大事なことだと思うから。」

その後、由紀はしばらく考えた。彼女の言葉は、何度も心に響いた。修と続けることで、本当に自分が幸せになれるのか、それとも新しい一歩を踏み出すことが大切なのか。答えはすぐには見つからなかった。

その日の夜、由紀は一つの決断を下した。恋は自分本位なものかもしれない。けれど、愛は相手本位だということを学び、気づくことができたからこそ、今後は自分の気持ちを素直に伝え、修との関係を改めて考えてみようと思った。

その時、由紀は心の中でこう誓った。愛は、相手のことを思いやり、共に成長していくものだと。