いとなみ

春秋花壇

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闇の淵で揺れる愛

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 闇の淵で揺れる愛

美月のことをもっと知るために、彼女の過去を知りたいと何度も思った。でも、美月は自分のことを多く語らない。彼女と付き合い始めた頃から、彼女の家庭環境や幼少期の話題には触れないようにしていた。けれど、最近の彼女の行動があまりに常軌を逸しているせいで、俺はその背景を知る必要があると感じていた。

ある日、思い切って美月に聞いてみることにした。授業の後、二人で静かなカフェに行き、彼女が好きだという甘いカフェモカを頼んで、少しだけ打ち明け話を促すつもりで尋ねてみた。

「美月、君のことをもっと知りたいんだ。君がどうしてそんなに俺を必要としてくれるのか、それが分からないんだ。」

美月はその言葉に一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに無表情に戻り、視線を下に向けた。そして、ため息のように言葉を漏らす。

「…私、実は昔、家族との関係がうまくいってなかったの。」

その言葉に、俺は胸がざわめくのを感じた。彼女が語り始めた話は、俺が思っていた以上に重いものだった。

「幼い頃、母親が私に厳しかったの。愛情を感じたことなんて、ほとんどなかった。どんなに良い成績を取っても、どれだけ頑張っても、母は認めてくれなかった。いつもどこか冷たい目で私を見ていて、失敗した時だけ叱られた。だから、私は『愛されるためには完璧でないといけない』ってずっと思い込んでいたの。」

美月は淡々と語るけれど、その声にはかすかな震えがあった。その時、彼女の苦しみが垣間見え、俺の胸は締め付けられる思いだった。

「でもね、真也と出会って初めて、『そのままでいい』って言ってもらえた気がしたの。あなたは私を批判しないし、何も期待しない。だから、怖くなったの。」

「怖い?俺が?」

「ううん。…あなたを失うことが怖いの。だから、いつもそばにいて欲しい。あなたに捨てられると思うと、いてもたってもいられなくなるの。自分がどうしようもなく弱くなっていくのがわかるの。」

彼女は、心の奥底にあるトラウマを打ち明けた。母親からの無条件の愛情を得られなかった経験が、彼女を執着と不安定な愛情表現へと追い込んでいたのだろう。

「俺は、そんなに簡単には君を捨てたりしないよ。」

俺は、できるだけ優しく、彼女の手を握りしめた。しかし、それが逆に彼女の執着心をさらに煽ることになるとは思ってもみなかった。

それから、彼女の行動はますますエスカレートしていった。俺が携帯を見れば、必ず美月からのメッセージが数分おきに届いている。授業で一緒にいられないときも、彼女は俺がどこにいるのか、誰といるのかを逐一知りたがった。そして、俺が他の女性と話すと、彼女は焦ったように俺にくっついてきて、まるで俺を誰かに取られることを恐れているようだった。

美月の行動が常軌を逸していることは分かっていたが、彼女がこうなってしまった原因を知っていると、俺はどうしても冷たく突き放すことができなかった。彼女は、愛されることを切に望んでいるだけなのだ。その望みがあまりに深く、歪んでしまっただけで。

しかしある日、俺がふと気付いたのは、美月の「愛している」という言葉が、いつしか「俺のそばにいろ」という命令に聞こえるようになっていたことだった。彼女にとって、愛情とは「独占」と「支配」でしかなかった。俺はそれに気づいた時、初めて彼女の愛情が本当に怖いものに思えた。

ある夜、ついに限界を感じて、彼女に別れを告げることを決意した。彼女のためにも、自分のためにも、ここで関係を断つしかないと思ったからだ。

「美月、俺たちは…これ以上、続けられない。」

その言葉を聞いた美月の目は、恐怖と絶望に満ちていた。彼女は必死に俺の手を握りしめ、泣きながら言った。

「お願い、捨てないで…真也がいなくなったら、私には何もないの…」

彼女の叫びに心が揺れたが、俺も自分の心が壊れてしまうのを感じていた。美月が愛情に飢えていたのは分かっている。彼女が過去の傷から抜け出せないのも理解している。だけど、それを全て抱え込むことは俺にはできなかった。

最後に、俺は彼女に優しく言った。

「美月、君はきっと、誰かに頼らなくても自分を愛せるようになれるよ。今はまだ難しいかもしれないけど、自分を大切にすることを忘れないで。」

その言葉が彼女の心にどう響いたかは分からない。でも、俺が去っていく時、彼女は静かに泣き崩れていた。その後、俺の携帯には美月からのメッセージが届かなくなった。

美月の心の中には、まだ癒されない傷があるだろう。それを抱えながらも、彼女がいつか本当に愛され、そして愛することの意味を見つけられる日が来ることを、心から祈った。






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