いとなみ

いとなみ

「いとなみ」

沙織は、夕暮れの公園で風に揺れる紅葉を見つめていた。少し寒くなってきた秋の空気が彼女の頬に冷たく触れるたび、自分の中にある小さな不安や寂しさが呼び起こされる気がして、深い息をついた。

日々を何気なく送るうち、いつの間にか10年が経っていた。家庭も築き、仕事も順調。だが、心の奥底にぽっかりと空いた空洞は、何をしても埋まらないままだった。それが何なのか、沙織は自分でもよくわからなかった。ただ、気づけば自分の生活のすべてが「いとなみ」に過ぎないように感じていた。

その夜、帰宅してからも、沙織は日常の些事をこなしていた。夕食の支度、子どもたちの宿題を見ながら、家の中をせわしなく歩き回る。家族のための時間が彼女の生活の中心にあるのに、時折、ふとした瞬間に自分だけがどこか遠い場所にいるような気がしていた。

「ねえ、沙織、何か悩んでる？」夫の悠一が、食卓を片付ける彼女に声をかけてきた。普段はあまり細かいことを気にしない彼だが、今日は彼女の様子をじっと見ていたらしい。

「そう見える？ ただ、なんか、最近…」

言葉が出てこない。胸の奥に溜まった思いが、何かのきっかけであふれ出しそうで、それでも、それを言葉にすることができなかった。沙織は笑顔で誤魔化そうとしたが、悠一は彼女の手をそっと握り、深く息をついた。

「無理しなくてもいいよ。沙織が頑張っているのはわかってる。でも、君がどう感じているか、もっと知りたいんだ。」

彼の言葉は、どこか安心感を与えてくれるもので、沙織の心に染み込んだ。家族の一員としての役割に埋もれて、いつしか自分が見失っていた感情が、彼の言葉によって少しずつ形を取り戻しつつあった。

その夜、沙織は、久しぶりに自分自身の気持ちに向き合ってみた。これまでの生活の「いとなみ」の中で、失われたもの、見落としていた小さな幸せ、そして満たされなかった思い。それらを思い返し、心の底から泣いている自分がそこにいた。

朝日が差し込む頃には、少しずつ新しい決意が生まれていた。自分の気持ちに素直に向き合いながら、愛する人たちと共に、ただ生きることの意味を見つけていこう。そう思えた時、沙織の胸にある空洞が、少しだけ埋まった気がした。

人生は決して華やかではないが、日々の「いとなみ」の中にも意味があり、そこには自分だけの物語が刻まれていく。