いとなみ

結婚相談所への一歩

結婚相談所への一歩

あれから数週間が過ぎた。風邪もすっかり治り、仕事にも復帰した俺、佐藤圭介は、友人たちと過ごす時間を増やす一方で、ある決断を下していた。結婚相談所に入会してみることにしたのだ。もちろん、自分がどんな人と結婚したいのか、まったく明確なビジョンはなかった。ただ、将来のことを考えると、少しでも出会いの場を広げる必要があると思ったからだ。

登録日は緊張と期待が入り混じっていた。オフィスに入ると、静かな雰囲気が漂い、温かみのある照明が落ち着いた空間を演出していた。カウンセリングルームに通されると、担当者の女性がにこやかに迎えてくれた。

「佐藤さん、今日はお越しいただきありがとうございます。どのような方をお探しですか？」と、彼女が尋ねる。

一瞬、言葉が詰まった。求める条件を答えられない自分が恥ずかしく感じた。結局、頭の中には「優しい」「明るい」「趣味が合う」といった漠然としたイメージが浮かぶばかりだった。

「えっと、優しい人がいいですね。あと、明るい雰囲気の方」と、何とか絞り出す。

「具体的な条件や年齢、職業など、もう少し詳しく教えていただけると、マッチングがしやすくなりますよ」と彼女が続ける。

「年齢は、同年代くらいで、職業は…まあ、特にこだわりはないです」と言いながら、自分の言葉に疑問を感じる。果たして、自分の結婚相手に本当に求めるものは何なのか。思考が巡るが、はっきりとした答えは出なかった。

「わかりました。それでは、いくつか質問をさせていただきますね」と、彼女はメモを取り始めた。

結婚相談所のカウンセリングは、意外にも楽しかった。質問に答えるうちに、自分のことを見つめ直す機会になったからだ。趣味やライフスタイル、将来の夢についても話し合う中で、次第に自分の結婚観が整理されていくのを感じた。

「では、最初にマッチングをしてみましょうか」と彼女が提案する。「こちらにいくつかのプロフィールがありますので、気になる方を見てみてください。」

さまざまな女性のプロフィールが並んでいる。年齢、職業、趣味、自己PRなどが書かれているが、どのプロフィールも魅力的に見える。しかし、心のどこかで「これだ！」というものが見つからない。

「悩んでいますね」と彼女が優しく言った。「無理に決めなくても大丈夫ですよ。まずはお話ししてみたい方を選んで、実際に会ってみることで、よりわかることもありますから。」

「そうですね、実際に会ってみるのが一番ですね」と俺も納得した。数人のプロフィールに印を付けることにしたが、その中で一人だけ特に惹かれるものがあった。

「この方はどうですか？」と彼女が指さした。名前は「鈴木美里（すずきみさと）」、30歳のデザイナーで、趣味は料理と登山。自己PRには「一緒に楽しむことが好きです」と書かれていた。

「料理好きってところがいいですね。しかも、登山も趣味だなんて、楽しそうです」と、俺は素直に反応した。

「それでは、鈴木さんとの初回お見合いの日時を調整してみましょう」と彼女が言う。その瞬間、心臓がドキリとした。初めての出会い、しかも結婚を前提にした関係が築かれるかもしれないという期待感がこみ上げてきた。

お見合いの日が近づくにつれ、俺の心の中には緊張と興奮が交錯していた。どんな人が待っているのだろう。自分はどんなことを話せばいいのか。果たして、彼女と気が合うのだろうか。

待ち合わせのカフェに着くと、鈴木美里が既に席に着いていた。彼女は自然体でリラックスした様子だった。少し長めの黒髪を束ね、優しい笑顔を浮かべている。

「こんにちは、佐藤さん。お待たせしました！」と明るく声をかけてくれた。

「こんにちは、鈴木さん。こちらこそ、よろしくお願いします」と俺は笑顔を返す。

お互いに自己紹介をした後、会話は自然に弾んだ。仕事のこと、趣味のこと、家族のことなど、さまざまな話題が広がっていく。鈴木さんは、自分と同じように料理が好きで、休みの日には新しいレシピに挑戦することが多いと語ってくれた。

「登山も好きなんですね。最近はどこかに行きましたか？」と俺が聞くと、彼女の目がキラリと輝く。

「はい、最近は富士山に行ってきました！ 景色が本当に綺麗でしたよ」と彼女が楽しそうに話す。

その言葉を聞いているうちに、心がほっと温かくなるのを感じた。自分が求めていたのは、こういう自然体で一緒に楽しめる相手だったのかもしれないと気づく。

「美里さんと一緒に登山してみたいですね」と思わず言ってしまった。その言葉に彼女は驚きつつも、笑顔で「ぜひ行きましょう！」と返してくれた。

その日、初めて会ったとは思えないほど心が通じ合い、楽しい時間があっという間に過ぎていった。俺の中に、結婚という未来の形が少しずつ見えてきたような気がした。

帰り道、心の中で感じる温かな感情。やはり、出会いは新しい扉を開く鍵になるのかもしれない。これからの自分の人生がどう変わっていくのか、期待に胸が膨らんだ。次のステップを踏み出す準備が、やっと整ったのだ。