いとなみ

春秋花壇

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推しが燃えた。

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「推しが燃えた。」

私はその一報を受けて、しばらくの間、動けなくなった。スマートフォンの画面に映し出されたネットニュースの記事が、何度も私の目に飛び込んでくる。「〇〇、炎上。SNSでの発言が問題視される。」その名前は、私の最推しのアイドル、彼だった。

彼は私にとって特別な存在だった。初めて彼を知ったのは3年前、偶然目にした音楽番組だった。ステージで輝く彼の姿に、一瞬で心を奪われた。それ以来、彼のすべてが私の日常の一部となった。ライブには欠かさず足を運び、グッズを買い、SNSで彼の最新情報を追いかける日々。どんなに辛い日も、彼がいることで前を向くことができた。

だけど、今、そのすべてが崩れ落ちるような感覚に襲われていた。記事には、彼が発言した内容が「軽率で不適切」とされ、多くの批判を浴びていると書かれていた。コメント欄には、彼を攻撃する言葉が溢れている。「失望した」「こんな人だとは思わなかった」「もうファンを辞める」。かつて彼を愛していた人たちの声が、一斉に彼を責め立てていた。

涙が止まらなかった。彼はそんな悪い人ではない。たしかに、発言は誤解を招いたかもしれない。でも、あんなに一生懸命にファンを大切にしていた彼が、意図的に傷つけるようなことを言うはずがない。私はそう信じたかった。しかし、ネットの波は止まらない。瞬く間に炎上は広がり、彼のSNSアカウントは閉鎖され、所属事務所からも謝罪文が発表された。

彼がどんな気持ちでいるのか、想像するだけで胸が痛んだ。どれだけの人に愛され、支えられてきた彼が、今では同じ人々から冷酷に切り捨てられ、攻撃されている。それがどれほど辛いことか、彼を応援していた私には痛いほどわかった。

「どうして…?」私はスマートフォンを握りしめ、つぶやいた。

次の日、学校でも彼の話題は避けられなかった。クラスメートたちは噂話に花を咲かせ、彼を批判する言葉が飛び交っていた。「あんなやつ、もう終わりだよ」「前から怪しいと思ってたんだ」。私は何も言えなかった。彼を擁護する勇気もなかったし、ただ静かにその場から逃げ出したくなった。

放課後、私は家に帰ると、部屋にこもって泣いた。どうしてこんなことになったのか、理解できなかった。彼は何も変わっていないはずだ。でも、世間は一度燃えたものに容赦はしない。私は彼を信じ続けるべきか、彼のファンであり続けるべきか、わからなくなっていた。

そんな日々が続く中、ある日彼が出演する予定だったイベントが中止になったという知らせが届いた。これで彼は本当に終わってしまうのかもしれない、そんな恐怖が胸を締め付けた。ネットでの批判はまだ止まらない。どこに行っても彼を擁護する声は少数派で、多くの人が「もう過去の人」だと決めつけていた。

だけど、私は決して彼を見捨てることができなかった。なぜなら、彼は私にとって、ただのアイドルではなかったからだ。彼は私が辛い時、孤独な時、いつもそばにいてくれたように感じられた。彼の存在が、私を支えてくれた。だから、どんなに周りが彼を非難しても、私は彼を推し続けると心に決めた。

時間が経つにつれ、彼の炎上騒動は徐々に鎮静化し始めた。彼は公式の場には現れず、沈黙を守っていたが、私はそれでいいと思った。無理に弁解をするよりも、彼が再びステージに立つ日を待つことが、今できる唯一のことだと信じていたからだ。

そして、その日は突然訪れた。彼の復帰が発表されたのだ。ネットでは「もう遅い」と冷ややかな反応もあったが、私はそのニュースを見た瞬間、涙が溢れ出た。彼が戻ってきた。それだけで十分だった。

復帰した彼の姿は、以前と少し変わっていた。どこか疲れたような表情だったが、それでもステージに立つ彼の姿は、私にとってかけがえのないものだった。彼がどんなに批判されようと、私は彼を推し続ける。なぜなら、彼がどんな時も私を支えてくれたように、今度は私が彼を支える番だからだ。

推しが燃えた。でも、私は決して彼を見捨てない。









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