いとなみ

秋寂

秋寂

秋の訪れは、茜の心に静かな寂しさをもたらした。夏の終わりと共に、彼との距離が少しずつ広がっていく感覚が彼女を包んでいた。17歳の茜は、学校の帰り道、いつもの道を一人で歩きながら、風が肌に冷たくなったことに気づく。薄手のカーディガンでは心も体も守りきれないような、そんな秋の風が吹いていた。

「寒いな…」と小さく呟いた彼女は、ふと彼との思い出を振り返る。彼の名前は直樹。1つ年上で、夏の間中一緒に過ごしてきた。海に行ったり、花火を見たり、ふたりの距離はぐっと近づいたはずだった。だけど、秋になるといつも彼はどこか遠い存在になっていく。まるで季節と共に心が閉ざされてしまうかのように。

直樹は、家族の事情で夏が終わると毎年祖母の住む田舎へ戻ってしまう。それは、彼にとって大切な家族の時間であり、どうしても避けられないことだと茜も理解していた。しかし、その理解は茜の寂しさを消してはくれなかった。

夏の終わり、直樹は最後に茜にこう言った。「帰ってきたら、また一緒に遊ぼうな」。その言葉に彼女はただ頷くだけだった。本当は「今すぐ会いたい」「離れたくない」と伝えたかったけれど、そんなわがままを言う自分が嫌で、言葉を飲み込んだ。

その日は、もうすぐ秋祭りがある日だった。茜は学校の帰りに、一人で商店街を歩いていた。店先には秋の装飾が施され、提灯が揺れている。少しずつ祭りの準備が進む中、茜は一人ぼっちで秋の夕暮れに溶け込むように歩いた。空はすでに鰯雲が広がり、どこか寂しさを感じさせる。通り過ぎる風が、直樹のことを思い出させるたびに、心が締めつけられるようだった。

その時、ポケットの中でスマートフォンが振動した。画面を見ると、直樹からのメッセージが届いていた。「久しぶり。元気にしてる？」その短いメッセージに、茜は胸が高鳴った。すぐに返信を打ちたかったが、何を返すべきか迷った。

「元気だよ。そっちはどう？」と、ありふれた返事を打って送信したものの、心の中ではもっとたくさんの言葉が溢れていた。彼に伝えたいことが山ほどあった。しかし、画面の向こうの彼に、その全てをぶつける勇気は持てなかった。

秋の夜は深まる。茜は家に帰り、自分の部屋の窓を開け放った。冷たい空気がカーテンを揺らし、彼女の頬に触れる。窓の外を見上げると、月が澄んだ光を放っていた。その静かな光を見つめながら、茜はふと思った。

「この寂しさも、きっと季節が変われば消えていくのかな…」

しかし、直樹への想いは季節と共に移ろうものではなかった。彼がいない時間が増えるたび、彼女の心の中にぽっかりと空いた穴が広がっていく。返ってきたメッセージはまた短かった。「こっちも元気。そろそろ帰れると思うよ。」その言葉に茜は少しほっとした。しかし、彼が戻ってくるのが楽しみな反面、再び彼が去ってしまう未来が見えてしまう自分が嫌だった。

翌日、茜は学校で友人たちと過ごしていたが、心は上の空だった。休み時間にふと窓の外を見ると、秋薔薇が揺れているのが見えた。彼女はふと、直樹と話した夏の日を思い出した。あの時、二人で花を見ながら、将来のことなんて話していたのに、その未来がこんなに不確かなものだとは思わなかった。

その夜、茜は再び直樹にメッセージを送ることを決めた。「帰ってきたら、また一緒に祭りに行こうね」と打ち込んで、少しの勇気を振り絞った。返信を待つ間、彼女の心は不安と期待で揺れ動いていた。

しばらくして返ってきたメッセージは「もちろん、一緒に行こう」と、変わらぬ彼の言葉だった。その瞬間、茜の心に少しだけ温もりが戻った気がした。

秋の寂しさは消えない。それでも、彼がそばにいると思える瞬間が、茜の心を少しずつ癒してくれる。茜は再び月を見上げ、今度は少しだけ前を向いた。