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春秋花壇

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ガラスの約束

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「ガラスの約束」

冬の寒さが染み渡る夜、私は小さなカフェの角の席で待っていた。窓の外に降り積もる雪が、街を白いベールで覆っている。彼との最後の約束の日。私の手には、彼との思い出が詰まった小さなガラスのペンダントが握られていた。

「ごめんね、遅くなって。」

柔らかな声が背後から響く。振り向くと、彼が微笑んで立っていた。コートを脱ぎ、私の向かいに座ると、冷たい手をこすり合わせる。いつもと同じ彼の笑顔。しかし、その笑顔の奥には、どこかしらに別れの影が見え隠れしていた。

「本当に今日が最後なんだね…。」

私はそう呟きながら、彼の顔を見つめた。彼の名前は蒼。大学時代から付き合ってきた、私の初恋の相手だった。蒼はいつも優しく、どんな時も私を支えてくれた。楽しい日々を共に過ごし、未来を夢見た。だが、彼は一つの大きな夢を追いかけて、遠くへ旅立つことを決めていた。

「うん…夢を追いかけることを決めたんだ。でも、そのためには君を待たせるわけにはいかない。」

彼の瞳は真っ直ぐで、その瞳の中には決意が宿っていた。海外での大きなプロジェクトに参加するという彼の夢を、私は応援したいと思った。けれど、その代償が私との別れだということが、どうしても受け入れがたかった。

「私、待ってるって言ったじゃない…。遠距離でも大丈夫だって、そう約束したじゃない。」

「わかってる。でも、それは君にとっても辛いことだろう?僕は自分の夢に全力を注ぎたいし、君には君の幸せを見つけてほしいんだ。」

蒼の言葉は優しかったが、その優しさが逆に私を苦しめた。彼が私を思っているからこその別れだと理解している。だが、それでも私は彼を失うことに耐えられなかった。

「そんなの…私は、蒼がいればそれで良かったのに。」

私は拳を握りしめ、声が震える。涙が滲みそうになるのを必死に堪えた。彼に見せたくない。私は強くなりたかった。蒼の決意を応援したい気持ちと、彼を引き止めたい気持ちが、心の中でせめぎ合っていた。

彼は静かに私の手に触れた。冷たい指先が、私の手の温もりを感じ取ろうとするかのように、優しく包み込む。

「エリ、君は強い人だ。だから、僕を待たないで、自分の道を進んでほしい。」

蒼の言葉に、私の心の中で何かが崩れ落ちた。彼はもう、私と共に未来を歩むつもりはないのだと悟った瞬間だった。

「これ、覚えてる?」

私はテーブルに置いていた小さなガラスのペンダントを差し出した。大学の卒業記念に、二人で作ったものだ。ガラスの中には、青い小さな花が封じ込められている。それは、蒼の好きな花だった。

「もちろん、覚えてるよ。僕たちの約束の象徴だろ?」

蒼は少し驚いたようにペンダントを見つめる。その目に、一瞬だけ懐かしさが浮かんだ。

「このペンダント、私にとっても大切なものだった。だけど…」

私は言葉を詰まらせながらも、彼にペンダントを差し出した。

「これ、もう返すね。もう約束を守る必要がなくなったから。」

蒼は驚いたように目を見開き、私の手からペンダントを受け取った。彼の手の中でそれは、小さくきらめいていた。しばらくの沈黙が流れた後、彼は静かにペンダントを握りしめた。

「エリ…君は本当に強い人だ。ありがとう。」

彼の声はどこか切なげで、寂しさを滲ませていた。それでも、彼は決して泣かない。私はそんな彼が好きだった。今も、その気持ちは変わらない。

「蒼、頑張ってね。」

私の言葉に、彼は深く頷いた。そして、立ち上がり、私に微笑んでから出口へと向かった。私はその背中を見送ることしかできなかった。彼がカフェのドアを開け、冷たい夜の風に包まれて外に出ると、彼の姿はもう二度と戻ってこないような気がした。

窓の外を見ると、降りしきる雪が街を静かに覆い尽くしていた。私の心も同じように、静かに冷えていく。しかし、その冷たさの中で、私は一歩を踏み出す覚悟を決めた。

彼との思い出は大切な宝物だ。でも、私はこれから自分の道を歩んでいく。蒼と過ごした日々が、私の心の中で優しく輝き続けるだろう。それでも、その光に縛られることなく、私は新しい未来を見つけに行く。

ガラスのペンダントは、もう彼の手の中にある。私の手には何も残らなかったけれど、それでも私は前を向いて生きていくことができると信じている。






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