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春秋花壇

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恋する非常口

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「恋する非常口」

主人公の詩織は、オフィスビルで働くごく普通のOLだ。毎日忙しく仕事をこなす中で、恋愛なんて遠い世界の話だと思っていた。だが、そんな彼女にも一つだけ密かに楽しみにしていることがあった。それは、ビルの非常口でたまに見かける男性、昇さんとの不思議な出会いだ。

詩織が非常口に立ち寄るのは、昼休みに一人で外の空気を吸いたいときや、何となく気分転換がしたいとき。エレベーターが混雑しているため、階段を使って非常口から外に出るのが彼女の習慣になっていた。そこに突然現れたのが、昇さんだった。

初めて彼と出会ったのは、ちょうど3か月前のことだ。詩織が非常口のドアを開けた瞬間、昇さんが同じように階段を降りてきて、ばったりぶつかりそうになった。

「すみません!」と慌てて詫びる詩織に、昇さんは優しく笑って「いやいや、こちらこそ」と応じた。

その時はただの偶然だと思っていたが、同じ非常口で昇さんと何度も顔を合わせるうちに、二人は自然とお互いを意識するようになっていた。昼休みや仕事終わりに階段で出会うことが少しずつ増え、軽く挨拶を交わす程度だったが、詩織は毎回ドキドキしていた。

ある日、詩織は昼休みを過ごすために非常口に向かって階段を降りていると、昇さんがちょうど向こうから階段を登ってきた。彼はにっこりと笑いながら、詩織に話しかけてきた。

「また会いましたね。こんな場所でばかり会うのも何かの縁かもしれませんね。」

「本当に。非常口でしか会わないから、何だか特別な感じがしますね。」

詩織は心臓がバクバクしていたが、何とか平静を保ちながら答えた。しかし、内心では自分が昇さんに対してどれだけ惹かれているかを自覚し始めていた。彼と過ごすこの数秒間が、自分にとって大切な瞬間になりつつあったのだ。

だが、ある日ふと気が付いた。非常口で会うことが楽しみな反面、詩織は何も行動に移していない。会話も挨拶程度、そして「また会いましょう」と笑顔で別れるばかり。恋に進展はないのだ。

「このままじゃダメだ…」と詩織は意を決して、昇さんに何かもっと積極的なアプローチをしようと決心した。

その週末、詩織は昇さんに会ったら自分から何かを言おうと準備していた。そして月曜日、昼休みになり、彼女は期待と緊張を胸に非常口に向かった。階段を降りると、ちょうど昇さんがまた向こうから登ってきた。タイミングがぴったりだ。

「昇さん!」思い切って詩織は彼の名前を呼んだ。彼は驚いた顔をして立ち止まり、彼女を見つめた。

「どうしたんですか?」彼の声には優しい関心が込められていた。

「実は…前から思っていたんですけど、非常口で会うのもいいけど、ちゃんとした場所で話をしてみたいなって思っていて…その…」

詩織は思わず頬が赤くなり、言葉が詰まりそうだったが、何とか続けた。

「もしよければ、今度一緒にご飯でもどうですか?」

一瞬の沈黙が流れたが、昇さんはゆっくりと笑みを浮かべた。

「それ、僕も同じこと考えてましたよ。非常口じゃなくて、ちゃんとした場所で話ができたらいいなって。」

詩織は驚いて目を見開いた。彼も同じように思っていたなんて、夢みたいだ。

「じゃあ、次の週末、どうですか?」昇さんは軽やかに尋ねた。

「はい、ぜひ!」詩織は大きく頷いた。

その瞬間、二人の非常口での偶然が特別な縁に変わった気がした。これまでたくさんの出会いと別れがあった非常口だが、これからは新しい関係が始まる場所となるだろう。詩織は心の中で、小さな祝福を感じた。

その日以降、二人は非常口ではなく、街中のカフェやレストランで会うことが増えていった。恋は徐々に実を結び、詩織と昇さんは少しずつお互いのことを深く知るようになった。

そして非常口での出会いは、二人にとって永遠に特別な思い出として心に刻まれることになった。











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