いとなみ

春秋花壇

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東雲の中で

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「東雲の中で」

私の部屋は母屋から少し離れた離れにある。古い木造の家の一角で、周囲を囲む竹林が風に揺れる音と、虫たちのさやかな鳴き声が夜ごとに響く。夜が深まるほどに静けさが増し、まるでこの世に私ひとりだけが取り残されたかのような感覚になる。その孤独が嫌いではなかった。むしろ、その静寂に身を委ねることが私の日常の一部だった。

それでも、あの日からこの静けさは私にとって特別なものになった。あの日、あなたが夜這いに来てくれたことを、私は忘れられない。月が高く昇り、夜風が冷たく頬を撫でる夜、あなたはそっと私の部屋に忍び込んできた。あなたの足音を聞いた瞬間、私の心臓は高鳴り、部屋の薄暗い闇の中であなたの姿を探し求めた。戸が静かに開き、あなたのシルエットが月明かりに浮かび上がる。私は布団の中から身を起こし、あなたを迎え入れた。

私たちは幼なじみだった。子どもの頃は家族ぐるみでの付き合いがあり、互いの家を行き来することも多かった。あなたは私より二つ年上で、いつも私の面倒を見てくれた。小さな頃から私の「お兄ちゃん」的な存在で、どこに行くにも一緒だった。中学に進むと、あなたは少しずつ私から離れていったが、それでも時折顔を見せてくれることが私の小さな幸せだった。

高校に入ると、あなたはすっかり大人びて、街でも人気者になった。私の知る限り、周囲にはいつもたくさんの友人がいて、特に女の子たちからはいつも注目の的だった。そんなあなたが再び私に近づいてきたのは、私が高校2年生の夏だった。両親が離婚し、私は母と離れに移り住んだ。母は日中仕事で家にいないことが多く、私はひとりで過ごす時間が増えた。そんな時、あなたがふらりと訪ねてくるようになった。

ある夜、母がいないことを確認したあなたは、そっと私の部屋の戸を開けた。「こんな夜中に何してるんだ?」と、声をひそめて笑いかけるあなたに、私は心が揺れた。あなたの訪問はその日から始まり、次第に頻繁になっていった。何も言わず、ただ私のそばにいるだけのあなたに、私は次第に心を許していった。

周囲の反応
母は仕事に忙しく、私のことをあまり気にかける余裕がなかった。そんな中で、あなたの訪問は私にとって救いだった。けれど、周囲の視線は冷たかった。近所の人々は、夜遅くにあなたが離れに出入りしているのを見て、噂を立て始めた。「あの子、何をしているのかしら」「あんな若い男が夜遅くに出入りするなんて」。噂はやがて母の耳にも届き、彼女は私に問いただした。「あの子とはどういう関係なの?」と。私は何も答えられなかった。母の視線の中で、私はただ黙り込んだ。母はため息をつき、「もう夜に誰かを呼ぶのはやめなさい」とだけ言った。

あなたにそのことを話すと、あなたは少し悲しげに笑った。「俺たちが悪いことをしているわけじゃない」とあなたは言ったが、その言葉がかすかに揺れていたのを覚えている。それでも、あなたは変わらず夜に来てくれた。私たちはただお互いの存在を確認するように、静かに寄り添い合った。周囲が何を言おうとも、あなたが来てくれることが私の心の支えだった。

愛し合う朝の時間
時間は止まったように感じられたが、実際には夜が少しずつ明けていく音が聞こえてきた。私たちは静かに愛し合いながら、夜の終わりと新しい朝の始まりを共に迎えた。薄明の中、あなたの顔がだんだんと見えるようになり、その笑顔に私の心は満たされた。あなたと一緒にいられるこの時間が、何よりも愛おしかった。

「朝まだき」、あなたと共に迎える夜明け前のひととき。まだ太陽は姿を見せないが、空が徐々に色づき始める。その瞬間が私にはとても神聖で、何よりも美しく感じられた。あなたの温もりを感じながら、私は「有明」の月が薄れていくのを見つめた。月の淡い光が私たちの影を長く引き、そしてそれが徐々に消えていく。夜の帳が薄れ、東の空が静かに明るくなっていくのを、私たちは寄り添いながら見つめていた。

「東雲」の時間、空がますます明るくなり、私たちは現実に戻らなければならないことを感じ始めた。それでも、あなたの温もりはまだ私を包んでいて、私はその瞬間だけでも永遠に続けばいいのにと願った。私たちは無言で、けれどお互いの気持ちを確かめ合いながら、その最後のひとときを大切にした。

結末の余韻
季節が変わり、あなたは進学のために街を離れることになった。最後の夜、あなたはいつものように離れに来て、私たちは無言で朝を迎えた。明け方の静けさの中で、あなたは私の額にそっとキスをして、「もう少しここにいたいけれど、行かなければならない」と言った。あなたの背中を見送りながら、私はこれが最後であることを悟った。言葉は出なかったが、心の中であなたに別れを告げた。

あなたがいなくなった後も、私は離れで夜を過ごし、ひとりで夜明けを待つようになった。空が白み始めると、私はあなたとの時間を思い出し、再びあなたが来てくれる日を夢見ることはもうなかった。けれども、あの「朝まだき」のひんやりとした空気や、「有明」の淡い月の光、「暁」の瞬間に感じたあなたの温もりは、私の中で色褪せることはなかった。あなたと共に過ごしたあの夜明けの時間は、今もなお私の心を温め続けている。

将来のことを考えると、不安もあるし、何が待っているのかは分からない。それでも私は、あの夜明けの時間が私にとっての支えであり、進むべき道を照らしてくれる光であると信じている。これからも私は、あの時の感覚を胸に抱きながら、あなたが教えてくれた温かさを糧に生きていくつもりだ。

そしていつか、また新しい「朝ぼらけ」を迎える時、あなたとの思い出が私を優しく包んでくれることを、静かに願っている。あなたがいたあの頃の私を忘れずに、これからも私は歩んでいくだろう。









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