いとなみ

たこ焼きの絆

たこ焼きの絆

商店街の細い路地に面したたこ焼き屋は、彩香と裕也にとって特別な場所だった。店先に置かれた古びたベンチは、二人がいつも腰かける指定席のようなもので、そこで一緒にたこ焼きを頬張るのが日常のささやかな楽しみだった。

「今日は暑いね」

裕也がそう言って、白いシャツの袖をまくり上げる。彩香はそんな彼の横顔を見ながら、手に持ったたこ焼きを見つめた。熱々のたこ焼きは、外はカリッと中はトロッとした食感がたまらない。そして、彼の隣にいるだけで、いつものたこ焼きがさらにおいしく感じるのだ。

「うん、暑いね。でも、こうして食べるたこ焼きって、なんか特別においしい気がする」

彩香が笑いながら言うと、裕也も同じように笑った。二人は幼なじみで、子供の頃からずっと一緒だった。何もかも知り尽くしているようで、それでも何気ない日常の中に小さな発見があることが、二人の関係を特別にしていた。

その日も、たこ焼き屋の前で並んで座っていた。店のおばちゃんは、彼らを見るとすぐに注文を覚えてくれていた。「いつものね」と、手際よくたこ焼きを焼き上げるその姿は、まるで彼らのために焼いているかのようだった。

「今日はソース多めにしてもらったから、ちょっと重いかも」

裕也がそう言いながら、たこ焼きを箸でつまみ上げる。彩香はその様子を見て笑った。裕也はいつも、彩香の好みをよく覚えていた。ほんの少し濃い目の味付けが、彩香にとってはちょうど良い。

「裕也って、ほんとに私のことよく分かってるよね」

「当たり前だろ、もう何年一緒にいると思ってるんだ」

裕也は照れ隠しのように肩をすくめ、再びたこ焼きを口に運んだ。その動作の一つひとつが、彩香には愛おしく見えた。

食べ終わる頃、突然裕也が言った。

「そういえばさ、来週ちょっと遠くに行くんだ。仕事で」

その言葉に、彩香は一瞬手が止まった。裕也は大学を卒業してからすぐに仕事に就き、最近は忙しそうにしていた。だが、遠くに行くという話は初めて聞いた。

「どこに行くの？」

「大阪。出張なんだ」

裕也は平然と答えたが、彩香は心の中で小さな寂しさを感じた。子供の頃からずっと一緒だった二人が、今はそれぞれの道を歩んでいる。それは自然なことだと分かっていても、少しだけ不安が胸をよぎった。

「そっか、大阪かぁ。おいしいものたくさんあるよね」

彩香は明るく返事をしたが、その声には微かな寂しさがにじんでいた。裕也もそれに気づいたのか、少しだけ眉をひそめた。

「でもさ、すぐに戻ってくるよ。また一緒にたこ焼き食べよう」

裕也はそう言って、彩香の肩を軽く叩いた。その温かい手の感触が、彩香の不安を少しだけ和らげた。

「うん、待ってるね」

彩香は笑顔で応えたが、心の中では裕也がいない日々をどう過ごせばいいのかと考えていた。

出張の日が近づくにつれ、二人はいつも以上にたこ焼き屋に通うようになった。まるでその時間が永遠に続くことを願っているかのように。彩香は、裕也とのたこ焼き時間を大切にしていた。

そして、ついにその日がやってきた。裕也は早朝の新幹線に乗るため、まだ眠い目をこすりながら駅に向かっていた。彩香はその背中を見送りながら、心の中で何度も「行ってらっしゃい」とつぶやいた。

裕也が大阪にいる間、彩香は一人でたこ焼き屋に通った。いつもの席に一人で座り、裕也のことを思い出しながらたこ焼きを頬張った。しかし、何かが足りないと感じるのは否めなかった。彼の隣で食べるたこ焼きとは、味が違う気がしたのだ。

一週間後、裕也が戻ってきた。彩香は駅で彼を出迎え、そのままたこ焼き屋に直行した。久しぶりに二人で座るベンチに、彩香の心は安らぎを覚えた。

「どうだった、大阪？」

「うん、面白かったよ。でも、やっぱりここが一番だな」

裕也はそう言って、たこ焼きを一口かじった。彩香も同じようにたこ焼きを頬張り、口の中に広がるソースの味に幸せを感じた。

「やっぱり、二人で食べるとおいしいね」

彩香がそう言うと、裕也も同意するようにうなずいた。

「そうだな。これからも、ずっと一緒にたこ焼きを食べよう」

その言葉に、彩香は胸が温かくなった。二人でほおばるたこ焼きは、特別な味がする。それは、お互いの存在が作り出す、かけがえのない味だった。

そして、これからも二人は変わらずに、その小さな幸せを噛みしめ続けるのだろう。ベンチに並んで座り、熱々のたこ焼きを頬張りながら。彩香と裕也にとって、それが何よりも大切な時間だった。

彼らの関係は、まるでそのたこ焼きのように熱く、そしてずっと変わらずに続いていく。どんなことがあっても、二人でいる限り、たこ焼きはいつまでもおいしいままだった。