いとなみ

幸せの一歩

幸せの一歩

太郎と花子は、ニート同士のカップルだった。二人はSNSの掲示板で知り合い、同じ境遇に共感し合ったことで仲良くなった。日々の不安や孤独感、社会から取り残されているという思いを分かち合う中で、彼らは自然と恋に落ち、そして結婚することになった。

結婚といっても、二人には特別な式も豪華な披露宴もなかった。親戚からの冷たい視線や「そんな結婚、将来はどうするのか？」という心配の声を避けるため、役所で簡単に婚姻届を提出しただけだった。それでも二人にとっては大きな一歩であり、新しい人生の始まりだった。

「これで私たち、家族になったんだね。」花子は小さな部屋に戻ると、微笑んで太郎に言った。狭い1DKのアパートが二人の新居だった。生活費は少ない貯金と、太郎が時折受ける単発のアルバイトでなんとかやりくりしていた。

結婚生活が始まっても、二人は相変わらずニートだった。日中はネットでの交流やゲーム、動画視聴で時間をつぶし、夜になるとお互いの存在に安らぎを感じながら一緒にご飯を食べた。質素な食卓だったが、二人で作った簡単な料理を囲むと、どこか温かさがあった。

しかし、現実は甘くなかった。時間が経つにつれ、生活費は減り続けた。家賃や光熱費の支払いが厳しくなり、冷蔵庫の中も寂しくなっていった。そんな時、二人はいつも決まって同じような会話を繰り返した。

「ねえ、太郎。私たち、このままで本当にいいのかな？」花子が不安げに尋ねると、太郎は必ずこう答えた。「大丈夫さ、何とかなるよ。俺たちにはお互いがいるじゃないか。」

だが、そう言い聞かせる太郎自身もまた、不安と焦燥に駆られていた。将来の見通しが立たないまま、生活がどんどん苦しくなっていく状況に、次第に苛立ちを覚えるようになっていた。

ある日、二人は何もない部屋で言い争いを始めた。些細なことがきっかけだったが、お互いの不満が噴き出し、感情が高ぶった。

「太郎、あなたは何もしてくれない！いつも『何とかなる』って言うけど、何も変わらないじゃない！」花子は泣き叫んだ。

「花子だって同じだろう！俺だけが悪いのか？俺だって頑張ってるんだ！」太郎もまた、声を荒げた。

その日は結局、言い争いのまま終わり、二人は背を向けて眠った。しかし、夜が明けると、彼らはお互いに謝り合った。泣きながら抱き合い、もう一度やり直そうと誓った。

「私たち、何ができるかな？」花子は、涙を拭きながら太郎に尋ねた。

「何かしなくちゃいけないよな…」太郎は力強く頷き、決意を新たにした。

それから二人は、少しずつ動き始めた。花子は手芸が得意だったので、ハンドメイドの作品をネットで販売し始めた。太郎は短期のアルバイトに積極的に応募し、小さな収入を得るようになった。始めは苦しい日々が続いたが、少しずつ生活は安定していった。

やがて、二人は小さな家庭菜園を始めることにした。アパートのバルコニーに植えた野菜はすぐには収穫できなかったが、毎日水をやり、土を耕すことで、少しずつ成長していった。二人にとって、その野菜は希望の象徴だった。

「見て、太郎！トマトが赤くなってる！」花子は喜びの声を上げた。

「本当だ。俺たちも、こうやって少しずつ育っていけるかな。」太郎は笑いながら答えた。

二人の生活は相変わらず質素だったが、心の中には確かな希望が芽生えていた。たとえニート同士の結婚であっても、お互いを支え合い、小さな一歩を踏み出していくことで、新しい道が開けることを二人は信じていた。

「幸せって何だろうね？」花子がつぶやいた。

「たぶん、こうして一緒にいられることじゃないかな。」太郎は優しく答えた。

ニート同士の結婚。それは決して楽な道ではなかったが、二人には確かな絆があった。そして、その絆があれば、どんな困難も乗り越えていけるのだと信じて、彼らは今日もまた一歩を踏み出すのだった。