いとなみ

恋しちゃダメなの 受験生の図書館通い

恋しちゃダメなの　受験生の図書館通い

秋の夕暮れ、図書館の大きな窓から差し込む柔らかな光が、静かな空間を包み込んでいた。空気には、少し冷えた秋風が忍び込み、学生たちの集中力を試すかのように漂っていた。

18歳の中村茜は、受験生としてこの図書館に通い詰める日々を送っていた。彼女は第一志望の大学に合格するために、必死に勉強に励んでいた。図書館は静かで落ち着ける場所で、家よりも集中できる。特に、日が沈む頃になると、人が少なくなり、静寂が広がるこの時間が彼女のお気に入りだった。

茜は今日もいつもの席に座り、参考書を開いていた。物理の難問に頭を悩ませながらも、集中して解き進めていく。しかし、その日、彼女の勉強にふとしたきっかけで集中が乱れる瞬間が訪れた。

彼の存在だった。

一週間前、初めて彼を見かけたとき、茜の心は軽く揺れた。彼は茜の席の斜め前に座り、黙々と勉強している。真面目な表情でノートにペンを走らせる姿に、彼女は知らず知らずのうちに目が釘付けになっていた。背が高く、細身の体にメガネをかけた彼は、どこか知的で落ち着いた雰囲気を持っていた。

茜は、最初こそ気にしないように努めていたが、どうしても彼の存在が気になってしまう。彼の手元にある参考書のタイトル、ノートに書かれている数式、そんな些細なことまでが茜の目に映ってしまうのだ。

「勉強に集中しなきゃ…」茜は自分に言い聞かせるが、彼のことを考えるとどうしても集中力が途切れてしまう。受験生にとって、恋愛なんて贅沢なことだ。自分には今、恋をしている暇なんてないはずなのに。

だが、その日は何かが違った。彼がふと顔を上げ、茜の目が彼と合った瞬間、彼が微笑んだのだ。その瞬間、茜の心は跳ね上がり、顔が一気に赤く染まった。彼はすぐにまたノートに視線を戻したが、茜は動揺を隠せず、しばらくの間、ノートの文字が頭に入らなくなってしまった。

「だめだ、集中しなくちゃ…」そう思っても、彼の笑顔が頭から離れない。心の中で「恋しちゃダメだよ」と何度も自分に言い聞かせた。

次の日も、茜はいつもの席に座り、勉強を始めた。しかし、彼の存在を意識せずにはいられなかった。いつものように黙々と勉強する彼の姿を横目で見ながら、茜は心の中で葛藤していた。恋愛にうつつを抜かすことが、受験に悪影響を与えるのではないかと不安になりながらも、彼のことが気になって仕方がなかった。

ある日、図書館が閉館する時間が迫り、茜はいつものように席を立とうとした。その時、彼が茜の方に歩み寄ってきた。心臓が高鳴るのを感じながら、茜は動けずにいた。

「こんにちは。いつもここで勉強しているよね？」彼は穏やかな声で話しかけてきた。

「え、ええ、そうです。」茜は動揺しながらも答えた。

「僕も君みたいに、毎日ここに来て勉強してるんだ。でも、君の頑張ってる姿を見てると、僕も負けられないなって思ってさ。」

茜は驚いた。彼も自分のことを見ていたなんて想像もしていなかった。

「そうだったんですか…お互い頑張りましょうね。」茜は恥ずかしさを感じながらも、心の中で何かが解けたような気がした。

「ところで、今度よかったら一緒に休憩でもしながら話さない？気分転換も大事だし。」彼は少し照れくさそうに言った。

茜は一瞬迷ったが、すぐに頷いた。「ええ、ぜひ。」

それから数日後、彼と一緒に図書館のカフェでお茶をする機会が訪れた。二人はお互いの勉強のこと、目指している大学の話など、勉強にまつわることを中心に会話を交わした。彼の名前は藤本拓也で、茜と同じく第一志望の大学に向けて全力で勉強していることが分かった。

彼との時間は、茜にとって勉強の合間の小さな癒しの時間になった。お互いの励まし合いが、彼女の勉強へのモチベーションをさらに高めたのだ。しかし、同時に茜は心の中である決意を固めた。恋心を抱くのは自由だが、今は受験が最優先だということ。

そして迎えた冬、受験が本格化する時期が訪れた。二人はお互いに図書館で勉強し続けたが、茜はいつしか彼への気持ちを抑え込み、勉強に集中するようになった。彼もまた、自分の目標に向かって全力を尽くしていた。

試験日が近づくにつれ、茜と拓也は自然と口数が少なくなり、それぞれの目標に集中するようになった。二人の間には特別な関係が芽生えつつあったが、それを言葉にすることはなかった。

そして、試験が終わり、結果が出た時、茜はついに彼に話しかける機会を得た。「お互い頑張りましたね。」

彼は微笑み、「うん、そして、もしよければ…大学でもまた、君と一緒に頑張りたい。」と静かに言った。

茜の心は暖かくなった。彼の存在が、これからも彼女の人生の中で大きな支えになると感じた。恋心は今後、大学生活の中でゆっくりと育んでいけばいい。今はただ、合格の喜びをかみしめながら、新しい一歩を踏み出す準備をしていた。