いとなみ

昼顔

昼顔

1. はじまり

陽の光が燦々と降り注ぐ夏の午後、沙織は庭の花壇で昼顔の手入れをしていた。彼女の家は小さな田舎町にあり、緑豊かな庭が自慢だった。特に夏になると、昼顔が一面に咲き誇り、その美しい花は通りかかる人々の目を楽しませていた。

沙織はこの庭での時間を愛していた。花の世話をすることで、心が安らぐのを感じた。しかし、最近の沙織には心に秘めた悩みがあった。夫の尚人が仕事で忙しく、家にいる時間が減っていたのだ。結婚して五年目、夫婦の時間が少なくなることで、沙織は次第に孤独を感じるようになっていた。

2. 出会い

ある日、沙織が昼顔の手入れをしていると、見知らぬ男性が庭の前に立っていた。彼は遠慮がちに声をかけてきた。

「こんにちは。すみません、ここの昼顔があまりにも美しくて、つい見惚れてしまいました。」

沙織は少し驚きながらも、にこやかに応じた。

「こんにちは。ありがとうございます。手入れをしている甲斐がありますね。」

男性は自己紹介をした。名前は悠斗、都会からこの町に引っ越してきたばかりだという。彼はアーティストで、自然の風景を描くためにこの静かな町を選んだと言った。

「昼顔の花を描きたいと思っているんです。もしよかったら、ここで絵を描かせてもらえませんか？」

沙織は快く承諾した。悠斗はその日から頻繁に沙織の庭を訪れるようになり、昼顔の花を描き続けた。

3. 絆の芽生え

悠斗との会話は、沙織にとって新鮮で楽しいものだった。彼のアートへの情熱や、都会での生活の話は、沙織に新しい視点をもたらした。沙織もまた、自分のことや、夫との結婚生活について話すようになった。

「尚人さんはどんな人なんですか？」悠斗が尋ねると、沙織は微笑みながら答えた。

「彼はとても真面目で、優しい人です。でも、最近は仕事が忙しくて、あまり一緒に過ごす時間がなくて…。」

悠斗は沙織の話を静かに聞き、理解を示した。彼自身も過去に忙しい生活を送っていたため、沙織の気持ちがよくわかるのだ。

「忙しいのは仕方ないことだけど、やっぱり寂しいよね。でも、こうやって誰かと話すことで少しは楽になるかもしれないね。」

その言葉に、沙織は心から感謝した。悠斗との時間は、彼女にとって癒しとなっていた。

4. 恋の芽生え

次第に沙織は、自分が悠斗に惹かれていることに気づき始めた。彼の優しさや、彼が描く美しい絵に心が揺れ動いたのだ。彼女はその気持ちに戸惑いながらも、どうすることもできなかった。

ある日、尚人が珍しく早く帰宅し、沙織と一緒に夕食を取ることになった。食事の後、沙織は思い切って彼に話を切り出した。

「尚人、最近仕事が忙しくて寂しいの。もう少し私たちの時間を作ることはできないかな？」

尚人は少し驚いた様子で沙織を見つめた。

「ごめん、沙織。君がそんなに寂しさを感じているとは思わなかった。仕事のことばかり考えて、君のことを見落としていたよ。」

沙織はその言葉に安堵しながらも、心の中で揺れる感情を抑えきれなかった。彼女は悠斗との時間が、自分にとってどれほど大切になっているかを自覚していた。

5. 告白

ある夕方、悠斗は沙織に自分の絵を見せながら話しかけた。

「沙織さん、この絵を見てほしい。君と昼顔を描いたんだ。」

沙織はその絵を見て、言葉を失った。そこには、彼女と昼顔が美しく描かれており、彼女自身の魅力が存分に表現されていた。

「悠斗さん…これは…」

「沙織さん、僕は君に特別な感情を抱いているんだ。君と過ごす時間が、僕にとって本当に幸せなんだ。」

沙織はその告白に動揺した。彼女も同じ気持ちを抱いていたが、夫への愛情も捨てきれなかった。

「悠斗さん、私もあなたに惹かれている。でも、私は結婚しているの。尚人を裏切ることはできない。」

悠斗は沙織の手を優しく握り、目を見つめた。

「君の気持ちを尊重するよ。でも、君が幸せでいてくれることが一番大切だ。それだけは忘れないで。」

沙織は涙を浮かべながら、彼の優しさに感謝した。彼女は自分の心に正直になることを決意した。

6. 新たな決意

沙織はその後、尚人と真剣に話し合った。彼女は自分の孤独や、悠斗との出会いを通じて感じたことを率直に伝えた。尚人もまた、自分の仕事への没頭が沙織を苦しめていたことを反省し、彼女との時間を大切にすることを誓った。

「沙織、君がそんなに孤独を感じていたとは知らなかった。これからは、もっと君と向き合う時間を作るよ。」

沙織はその言葉に感謝し、夫婦として新たな一歩を踏み出すことを決意した。

一方、悠斗は静かに沙織の元を去ることを選んだ。彼は沙織の幸せを心から願い、自分の絵に集中することで心の整理をつけようとした。

7. 終わりと始まり

夏が終わり、昼顔の花も次第に枯れていった。沙織は庭を見つめながら、悠斗との思い出を心に刻んだ。彼の存在が、彼女に大切な気づきをもたらしてくれたのだ。

「悠斗さん、ありがとう。あなたのおかげで、私は自分の心に正直になれた。」

沙織は心の中で感謝の言葉を送りながら、尚人との新たな生活に向けて歩み出した。

昼顔の花が再び咲くころ、沙織と尚人は以前よりも深い絆で結ばれていた。彼女の心には、悠斗との特別な思い出がいつまでも残り続けるだろう。それは彼女の人生において、決して色あせることのない美しい記憶となった。