いとなみ

道楽者の恋

道楽者の恋

川沿いの桜並木を歩きながら、健一はふと、祖父の言葉を思い出した。「にんげん堅すぎてもいけず、道楽者でもいけず、むずかしいもんだ」と。祖父は人情味あふれる人物で、酒や遊びを愛していたが、一方で、周囲から尊敬される存在でもあった。そのバランスをどうやって保っていたのか、健一には未だに謎だった。

健一は今年で28歳。恋愛においても、仕事においても、中途半端な状態が続いていた。恋人の美咲とは3年間の付き合いがあったが、最近は些細なことで喧嘩ばかり。仕事もまた、昇進が見えているものの、どこかやる気が出ない日々が続いていた。

その日、美咲と会う約束をしていた。彼女は会社の同僚で、知り合った当初は仕事の相談をするうちに惹かれ合い、自然と恋人同士になった。しかし、最近の彼女は「結婚」を意識し始めているようで、健一の優柔不断さに不満を抱いていた。

夕方のカフェで待ち合わせた美咲は、いつものように笑顔で手を振った。しかし、その笑顔の裏には何かが隠されているように見えた。健一は軽く挨拶を交わしながら、彼女の様子を伺った。

「今日は何か話があるんだろう？」健一が尋ねると、美咲は少し驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔になった。

「うん、実はね、私たちの将来について話したいの」彼女の声は震えていた。

健一は深呼吸しながら、自分の胸の内を整理しようとした。彼女の言葉を待っている間、彼の心は過去の記憶を辿り始めた。祖父の言葉が再び頭をよぎった。「堅すぎてもいけない、道楽者でもいけない」。

「健一、私はあなたと一緒に未来を考えたいの。でも、あなたが何を考えているのか、最近全然わからないの」美咲の目には涙が浮かんでいた。

健一は彼女の手を取り、静かに話し始めた。「美咲、僕はいつも君のことを考えている。でも、正直に言うと、将来に対して不安があるんだ。仕事も、結婚も、自分が本当に望んでいるのか、確信が持てなくて」

美咲は健一の言葉を静かに聞いていたが、その瞳には深い悲しみが映っていた。「健一、私はあなたと一緒にいたいの。でも、あなたが自分の気持ちを見つけるまで、私たちは一緒にいられないのかもしれない」

その言葉を聞いた瞬間、健一の心に何かが突き刺さった。彼女を失いたくないという強い思いと、自分の迷いとの間で揺れ動く感情が、一瞬で交錯した。

「美咲、僕は君を愛している。でも、今は自分を見つめ直す時間が必要なんだ。君と真剣に向き合うために、自分の人生を見つけるために」

美咲は静かにうなずき、涙をぬぐった。「分かったわ、健一。私も待ってる。あなたが自分を見つけるまで。でも、その間に私たちが別の道を歩むことになっても、お互いを責めないでね」

健一は彼女の手を強く握りしめた。「ありがとう、美咲。君の理解に感謝するよ」

その夜、健一は一人で川沿いの桜並木を歩いた。祖父の言葉を反芻しながら、自分自身を見つめ直すことを決意した。堅すぎず、道楽者でもない、自分らしい人生を見つけるために。

彼は美咲との未来を見据えながら、自分自身を見つける旅に出ることを心に誓った。彼女との再会がどうなるかはわからないが、今は自分を見つけることが最優先だと確信していた。桜の花びらが舞う中、健一は新たな一歩を踏み出した。