いとなみ

春秋花壇

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ブレークスルー感染

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ここは千年を超える歴史が刻み込まれた町 ― 

10世紀のロマネスクからゴシック、ルネサンス、バロック、ロココ、

古典、新古典、そして20世紀のアール・ヌーボーまで、

さまざまな時代の建築様式で彩られた町。

深い森と美しい湖、さまざまな花々に囲まれたウォルズ。

愛と喜びに満たされた街で人々は平和を享受していた。

世界中で蔓延する新型感染症のワクチンの二度目を

ほとんどの国民が摂取した後で安心したのだろうか。

3密を避け、マスク着用、手洗い、うがい励行は続けているものの

あと少しすれば、また昔のように炉端焼きや居酒屋で

おいしいお酒が飲めると希望に満ちた笑顔で満たされて行ったのである。

風邪やインフルエンザでさえ治療薬はまだ発見されていないというのに……。

「ええ、本日は晴天なり。ただいまマイクのテスト中。

音量、音質、明瞭度は如何でしょうか」



「アン・オブ・ウィズダム嬢、お前との婚約を破棄し断罪する!」



 私に宣告する元婚約者のジョン・H・ニュートン王子。

 婚約破棄もされて私の運命もこれまで。

 私は聖女候補を虐めた罪で投獄、死罪、奴隷刑……。

 お家断絶までありえます。



 この瞬間ショックのあまり前世の記憶が蘇り、

 この世界が前世でプレイした乙女ゲーム『愛 LOVE 優』の中だと私は気づきました。





「伯爵令嬢、最後に言い残すことはあるか」



「王子。私に自害用の剣を」



「はは、お前にそんな度胸があるのかな」



 王子は冷ややかに笑いながら腰に差していた短剣を渡してくれた。

 リリー・オブ・ウィルソンが聖女として王子に寄り添っている。



 私は覚悟を決め、短剣を心臓目掛けて一気に突き刺します。




 ダイヤモンドダストがきらきらと降りてくる。

 光が蠢き、揺れカーテンのように緩やかに移動する。

 雪の結晶がはらはらと舞い降りてくる。

 光は収束し緑色のオーロラに変わっていく。



 悪役令嬢の自害。

 それは隠しバッドエンド、ウイルスの活性化を意味します。

 独りの王子の愚かな選択が国民全体の断末魔の叫びに変わる。

 ブレイクスルー感染とは、ワクチンを接種した患者が、

 そのワクチンが予防するはずのものと同じ感染をしてしまうことを指す。

 あわてて、ロックダウンしたのだが、すでに遅し。

 2年もしない内に、美しい街は廃墟と化したのである。

 自給できていると思っていたのに食料は全く足らなかった。

 酸素マスクでは、役に立たない。

 毒性の強いデルタへと変異したのである。

 重症とは「ICUに入室あるいは人工呼吸器が必要」な状態

 最初は黙っていた国民も原因となったジョン・H・ニュートン王子に

 批判が殺到する。

 医療関係は意味をなさない程、自宅待機の状態で死んでいく。

 生ゴミ収集の職員でさえ感染している為、街は夢の島状態になっていく。

 あの美しい街が地獄絵図に変わっていったのである。
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