いとなみ

やりすぎですわ シャーデンフロイデ

「許してください。笑(えみ)さん」

畳に頭を擦り付けるように土下座しているのは、

坂本笑の夫、純一(40歳)。

そして、彼の両親も同じように息子と共に頭を畳に擦り付けている。

どんなに、謝られても土下座されても

笑は許すつもりもやり直すつもりもなかった。

完膚なきまでに相手をやり込める。

今、流行のYouTubeのアニメ動画でよくあるパターン。

まさか、自分が同じような体験をするとは思ってもいなかったので、

「やりすぎですわ　シャーデンフロイデ」

と、感情移入する事も無く暇潰しに見ていた。

純一と笑は、結婚して15年。

14歳と、13歳の娘がいる。

一か月ほど前、突然、純一は笑に

「記入して欲しい」

と、テーブルの上に一枚の紙を置いた。

台所の洗い物を済ませてタオルで手を拭きながら、

テーブルの上を見ると、緑色の文字と線で書かれた離婚届だった。

笑は瓢箪から駒でも出て来たかのように驚いた。

夫は、何かしゃべっているようだが、耳には入ってこない。

視界さえ、白くかすんで見えない。

涙だけが、次から次へと流れ出てくる。

呆然と立ち尽くす笑に純一は

「すまん。君が悪いんじゃないんだ」

と、頭を下げている。

走馬灯のように二人の時間が浮かんでくる。

15年前、純一は友達と立ち上げた会社が倒産して

多額の借金を抱えていた。

笑はまだ19歳で、専門学校の学生だった。

笑みの母親が、借金を肩代わりしてくれて

滞納していた税金を完納し東京都下の清瀬市に一戸建てを買った。

8畳の和室に6畳のDK。

２階に６畳が３部屋。

庭も広く、家庭菜園を楽しむのに十分な家だった。

家を買って、２年くらいした頃、一緒に住んでいた笑の母親がすい臓がんになった。

ステージ４。

余命半年と宣告された。

その頃からだろうか、純一の帰りが夜中になっていったのは……。

幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。

笑の母は、半年を待たずして身罷ったのだが、

まだ若い笑に介護を任せることなく、

１２歳上の笑の姉が山口に連れて帰ってしまった。

がんの末期の痛みと介護は気丈な人でも家族で支え合わないと

難しいという。

２１．２歳の娘にるいそうのやせ細っていく様を見届ける事は無理であった。

笑は純一を信じていた。

尊敬していた。

愛していた。

母が身罷ってからも純一は夜中に帰って来るのだが、

接待なのかお酒臭い息で寝ている笑の鼻をかじって起こす。

子供達も同じようにして起こす。

そして、陽気に笑っているのであった。

笑は、母が身罷ってから二人の子供を失っている。

母を失った喪失感がまだ癒えていないのに、

二人の子供の死。

この世の地獄かと思うほどの寂しさと、不安。

夫にありのままを打ち明ける事も出来ず、

悲しみをアルコールでごまかした。

何も問題は無かった事にしようとしたのだ。