いとなみ

紙婚式サプライズ

「これはきっと夢だ。

私なんかがこんなに幸せになれる訳がない」

旦那様から愛されれば愛されるほど、

大切にされればされるほど

私の不安は増えて行く。

はんなりとした古都の調べ。

鴨川に水鳥たちが戯れ遊ぶ。

わたくし、橋本 めぐみ24歳は、

夫　一成（いっせい）さん30歳と悠久の時を楽しむ為

京都に旅行中。

結婚1年の記念日をお祝いして、サプライズしてくださった

ひと時を楽しんでいる。

東山三十六峰を一望する京都の五つ 星ホテル

ザ・リッツ・カールトン京都。

日本一のホテルだと噂されていた。

伝統とモダンが融合する洗練を極めたラグジュアリーと

古都の心のおもてなしに包まれる空間。

上質な時間を満喫している。

お部屋に到着して、暫くの間、

大きな窓から広がる風光明媚な風景を楽しんでいたら、

「雫の里農園」のいちご「女峰」と

フルボトルシャンパーニュ（ルイナール ブラン・ド・ブラン）が

運ばれてくる。

真っ赤なカワイイぷちぷちの苺と

銘醸地コート・デ・ブランの繊細な

シャルドネと、モンターニュ・ド・ランスの力強いシャルドネを

ブレンドし仕立てられたと説明を受ける。

透明のボトルからこぼれ輝く美しい黄金色の色調。

グラスに注ぐと、繊細で上質なパールのような泡が立ち昇り、

白桃や蜂蜜、ローストしたアーモンドなど甘さのある香りが溢れでる。

一つ一つ、旦那様の丁寧な選択に驚きの色を隠せない。

シャンパンと苺がこんなにも豊潤で甘く切ないハーモニーを醸し出すなんて……。

「二人の素敵なひと時に乾杯」

旦那様がわたしの大好きなMischa Maisky plays Bach Cello Suite No.1 in G を

スマホからBGMにセレクトしてくださる。

重厚なチェロのウーハーが魂を揺さぶる。

伝統と洗練したラグジュアリーに包まれた五感を震わす至高のひととき。

アメニティリクエストに酔いしれる。

夕食は、シェフズ・テーブル

1年を72に分けた「72候」

立夏から小満

小満から芒種へ

時は流れ季節は移ろう。

細やかな季節感を料理長が演出してくださる。

今まで見た事もないような様々な食材で彩られて行く。

一つ一つご自分の足で見て回り、チョイスした栽培で作られた選ばれた品々。

豊かな自然への感謝の思いを込めて

極上の料理に仕立てられている。

「舌鼓を打つ」

そんな言葉がしっくりするようなひととき。

骨切されたはものゆびきが口の中でほどける。

品のいい甘さが口の中一杯に拡がっていく。

「おいしゅうございます」

思わず笑みがこぼれてしまう瞬間。

旦那様は満足そうにわたくしの所作を見ている。

旦那様が雇ってくださった執事にマナーや立ち居振る舞いを叩き込まれた。

両親に捨てられて養護施設で育った私には

想像さえできない至福の時がまったりと流れていく。

アグレッシブな刈り上げスタイルにしている旦那様を

私は眩しそうに見ている。

白のバンドカラー シャツに2タックのパンツをさらりときこないしている

旦那様はさわやか系イケメン。

ほっぺにキスされると口ひげがくすぐったい。

わたくしは、旦那様が選んでくださった

紗合わせの水色に白いさぎが手書きされた涼しげなお着物。

髪は、夜会巻きにアップし、あやめの鼈甲のかんざしを挿している。

「1年間、ありがとう。来年も一緒にお祝いしたいな」

女がほろりと来るような優しい嘘が上手い人……。

お部屋に戻った私をいきなりハグし、

「君はもっと幸せに慣れないとね」

と、優しく微笑んでくださる。

「問題行動を起こして、俺の愛情を確かめようとする」

「あう……」

「毎週水曜日に、君との時間をもっと取るよ。

二人で病院に行こう」

愛着障害。

私は誰も信じられない。

どんなに愛されてもどんなに幸せでも、

ありのままそのまんまに受け取れない人。

「もう、大丈夫だよ。君とずっと一緒にいるんだから」

凍り付いていた心がゆっくりと溶けだしていく。

このひとなら、信じていいのかも……。

そんな事を感じた紙婚式は素直に委ねてみようと思えた

新しいわたしの誕生日。