いとなみ

春秋花壇

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夾竹桃の咲くころに

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「わたくしミシェル・デ・シャルパンティエは、

カトリーヌ・ド・エスブラとの婚約を破棄する」

フランスのバスク地方の中心イラティの森で、王族と貴族による

バーベキューが執り行われていた。

ヨーロッパ最大のブナ林が広がり、感動的かつ幻想的な風景。

風はそよぎ、小鳥たちはさえずる。

白、黄色、淡いピンク、濃いピンク、サーモンピンクの

様々な色の夾竹桃の花がこの神秘的な森を一層、魅力のあるものに

彩っている。

覚えておいでですか。

二人で追いかけっこした頃を。

ミシェルさまが、6歳でわたくしが3歳でしたね。

まりつき歌を教えてくださった4歳。

「カーテシーがきれいだ」とほめてくださった5歳。

転んで泣いていたら、

「自分で起き上がるんだ」と励ましてくださった6歳。

走るのが遅くて、毎日、教えてくださった7歳。

「かわいいね」と、毎日頭を撫でてくださった8歳。

砂浜で、桜貝をプレゼントしてくださった9歳。

「わたしは青が好きだよ」と、ドレスを選んでくださった10歳。

いきなり、手を引っ張られてバックハグされた11歳。

壁ドンされて初めての口づけを交わした12歳。

誰にも内緒の秘密のひと時13歳。

いつの間にか、一つになっていた14歳。

ああ……。

そして、15歳。

ぼろ雑巾のように捨てられた。

「理由をお聞かせいただけますか」

「マリー・ド・ブルニョンとわたしは結婚する。

わたしは彼女を愛してしまったのだ。」

カトリーヌは、丁寧にカーテシーをすると、

「謹んで婚約破棄をお受けいたします」

と、何事もなかったかのように装っている。

バスクの神話ではこの森にはラミアLaminakが住んでいるという

古くからの言い伝えがある。

ラミアは魔女(Sorgin)または子どもの血を吸う鬼と噂されていた。

遠くに煙が立ち上っていた。

どうやら、花の終わった夾竹桃を剪定して燃やしているようだ。

婚約破棄を宣言されても、カトリーヌがどうぜず、

何事も起こりそうにないので、人々はやけた串刺しの肉をほうばり始めた。

ミシェルも無事に意思を告げることができたと安心したのか

空腹を覚え、マリーと一緒に焼けた串刺しの肉をほうばり始めた。

いつのまにか、カトリーヌはその場からいなくなっていた。

さっきまで雲一つない青空が広がっていたのに、

生暖かい風が吹き、夾竹桃の葉がくるくると竜巻のように舞い始める。

「く、くるしい」

一人、また一人と倒れていく。

「げほげほ」

夾竹桃を燃やした煙がこちらに流れてくる。

嘔気・嘔吐(100%)、四肢脱力(84%)、倦怠感(83%)、

下痢(77%)、非回転性めまい(66%)、腹痛(57%)

人々は苦しみのたうち回っている。

息絶えたものさえいるようだ。

急いで医者が呼ばれたが、

「夾竹桃による中毒症状です」

と、重症の患者を搬送し始めた。

穏やかなイラティの森は、阿鼻叫喚。

あでやかな夾竹桃の花にこれほどの毒性があるなど、

誰が知りえただろうか。

花、葉、枝、根、果実すべての部分と、周辺の土壌にも毒性がある。

生木を燃やした煙も有毒。

カトリーヌは、この日のために夾竹桃の串を用意していたのである。

遠く離れた風上で、静かに笑うカトリーヌ。

「あらあら、随分と薄汚いネズミが増えましたこと…。

チューチューチューチューとわめきたてて目障りだわ。

庶民との馴れ合いはよそでやってくれませんこと?」

「マリー様との婚約に、わたくしからの心を込めたプレゼントでございます」

高らかに笑うカトリーヌ。

嫉妬とは、愛の保証への要求なのです。
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