いとなみ

春秋花壇

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お届け物の娘です。ご賞味ください。

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3月の弥生の空は薄い灰色の雲が幾重にも重なって

時折、ぽつりぽつりと少女の花柄の傘を濡らす。

少女は道端の草に目をやりながら、

「わー、もうこんなに大きくなっている」

と、驚きの声を上げている。

少女の名前は、福留 洋子 15歳。

中学3年生だ。

今日は月曜日なのに、短縮授業で午前中で終わった。

親の参列できない卒業式だった。

明日からお休み。

あと一か月もすれば、16歳の誕生日を迎える。

母に頼まれた料理の入った重箱を風呂敷に丁寧に包むと、

婚約者の平川 祐介 27歳のもとに向かっていた。

彼とは、子供の頃からの許嫁で、

時折こうして単身赴任先に料理を届けていた。

彼の職業は中学教師。

辺鄙な無医村の中学に勤めている。

婚約はしているのだが、わたくし洋子は祐介さまがさほど好きではなかった。

「この人のお嫁さんになりたい」

などと一度も思ったことがなかった。

親せきのお兄さんの一人くらいにしか思えなかったのだ。

わたくしも、もう15歳。

中学校も今年卒業する。

4月からは、花の女子高校生だ。

女の子の日も、安定して毎月あるようになり、

体つきも少しずつまろみを帯びて

女性らしくなってきている。

持ち物や着るものにも、興味を示すようになり

自分を大切に育てていた。

そんな時だから、一人で婚約者とはいえ男性の家に

おつかいにやる両親に少し不満を覚えていた。

間違いでもあったらどうするんだろう。

そんなことは考えもしないほど、

彼は好青年で信用があるということなのだろうが……。

今日のお洋服は、ガーリーでレトロな榛色 (はしばみいろ)のセットアップ。

今、一番気に入っているお洋服。

15歳という大人と子供の境目にとてもマッチした清潔感と品のある服。

大きなボタンが全体を引き締めている。


彼の下宿は二間で、離れになっていた。

スマホでバスの到着時間を知らせたので、

停留所まで迎えに来てくれていた。

「あれ」

わたくしが思っていた感じじゃない。

わたくし記憶が正しければ、彼は色白の

カマキリのような線の細い頼りなさそうな青年だった。

なのに、今目の前にいる人は……。

田舎暮らしで何キロも毎日歩いたり運動したりして

鍛えられたのだろうか。

お兄ちゃんとまとわりつきたい頼りがいのある感じ。

我が家は女系家族で、女ばかりがはびこっている。

小さな時から、おにいちゃんが欲しくて仕方がなかった。

「やったー」

これなら一緒にいても楽しい。

道端に咲く白い雪柳がかわいく笑いかける。

子供の時、花冠にしてお姫様ごっこをしていたっけな。

口角は上がり、唇から笑みがこぼれる。

スカート、シャネル丈にすればよかった。

膝小僧が寒い。

彼の下宿につき、もってきた重箱の料理を二人で堪能していた。

鰆の塩焼き、鶏手羽の辛味揚げ、厚焼き玉子、酢の物、ブロッコリーとプチトマトのサラダ。

あさりごはん。花麩のお吸い物だった。

オレンジも一袋もたされたので、テーブルの上は

赤、緑、白、黄色、茶色。

様々な色で鮮やかだった。

一緒に音楽を楽しんだり、ギターをひいてもらったりして

あっという間に時間が過ぎて黄昏時になってしまう。

ギターをつま弾いていた彼の美しい手が、

急に私の頭をなでた。

私はびっくりして、上目遣いに彼を見ている。

これまで一度も直接ボディタッチしたことはなかった。

そう、婚約者なのに手をつないだことも指先にふれたこともなかった。

体中に電気が流れ、どくんどくんと心臓が高鳴る。

ギターを置いて私の肩を引き寄せた。

「あ」

驚いた私は、小さく声が漏れる。

体中がしびれていく。

「いや」

本当は嫌じゃないのに、私の唇は心とは裏腹。

突然、彼は重箱に添えられていた手紙をとりだし、

音読し始めた。

「お届け物の娘です。ご賞味ください。」

ええええええ

聞いてないよ。





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