いとなみ

春秋花壇

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あなたしか見えない

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「はー」

大きなため息一つ。

「これ以上はもう無理ね」

預金通帳の残高をため息交じりに眺めながら、

わたくし 沖田 理乃 23歳は親せきの叔母の家に電話をしていた。

通帳の預金残高は、1000万を切っていた。

住宅ローン、車のローンなどを考えると、

半年持たない金額だ。

新型感染症のせいで、今までのようにお客様のところを訪問できない。

当然のように、わたくしの営業成績は食べていけないほど

収入が減っていく。

電気を止められてしまったり、

水道を止められてしまっり、

公共料金さえまともに払えなくなっている。

こんなこともあろうかと、普段から倹約してきたのだが、

緊急事態発令で、外出することすら良心がなんとなく痛む。

おばから縁談がすすめられ、お相手は結婚を急いでいるようだった。

わたくしには、2年前から心寄せる好きな人がいる。

吉武 拓也 35歳。

まだ一度もあったことはない。

オンラインゲームの中で知り合い、長い時間をスカイプや

電話やメールやLINEで過ごしてきた。

いずれは、彼の住んでいる北海道に

家を買いたいと思っていたのだが、

彼がまだ一度も女の人たちとお泊りをしたことがないという言葉を聞いて、

急に不安になった。

家を買っても、泊りにも来てももらえず、放置されそうな気がしたのだ。

オンラインゲームの中の彼は、とても女の子に手が早く、

誰とでもチャットエッチをしてるような評判が流れていた。

5チャンネルにID名前をさらされるほど、

浮名を流していたのである。

彼はとても素敵な小説を書くのだが、

それがこれから先、生活できるほど

収入になるのはとても難しそうだった。

いや、芥川賞や本屋さん大賞を取ってもおかしくないくらいの

素晴らしい言の葉つづりだとわたくしは評価しているが、

知らない土地にわざわざ行って、

まだあったこともないのに、

もしも仮にお互いに気に入ったとしても

そこら辺の商売女のように抱いたら

すぐに帰るというのでは、

夜や彼が来ない日は寂しくて仕方がないと思うようになった。

「会いに来いよ」

とは言ってくれるのだが、ゲームの中で一緒にいても、

他の女の人のところに行ってしまう彼を

心から信頼できなかったのだ。

そんな状態が続くのなら、いっそのこと別な男の人と

キチンと結婚をして新しい家庭を作ったほうがいいと頭の中では計算した。

「食べていけないんだから仕方ないじゃない」

誰に言い分けをしてるんだろう。

投げ捨てるようにつぶやく。

テーブルの上にある

シンビジウムの花をボーと眺めている。

「花はなんて淫靡なんだ」

と言った人がいた。

おしべとめしべを隠すこともなく公にして。

いろんな人がいて、いろんな感じ方があるんだなと

笑ってしまったのだが。

蝋でできたようなシンビジウムの花弁。

このまま、彼に抱かれることもなく、

年を取るのは忍びない。

需要があるうちに高値で供給したい。

私だけを特別にしてくれる人が欲しかった。

それほど、ゲームの中といえども、

パーティーを組んでいるのに、

他の女の人のところに行ってしまうのは

心臓が張り裂けるかと思うほど、

悲しくつらいことだった。

彼といると、命が咆哮する。

いつも、自分を選んでもらえない恐怖で、

心が張り裂けそうになる。

「まったりしろ」

こんな状態で、まったりなんてできるわけないのに。

両親と一緒に住み、何一つ不自由なく、

働かなくても食べていける人と自分とでは雲泥の差がある。

キャンプのように電気を止められた

大寒まじかの冷たい暗い部屋では

ポジティブな考えも消え失せてしまう。

心を決め、覚悟を決めて、

リアルとゲームを分けることにする。

「大丈夫よね」

簡単に考えていた。

そばにいればきっと愛せるようになる。

彼よりも大切に思えるようになる。

糸井 秀和 35歳。

区役所勤務の真面目そうなメガネの良く似合う優しそうな男性。

そう、思い込んでいたのだが、

婚姻届けを無事に書き終え、

今日は二人の結婚初夜。

この人は、私を置いて家に帰ったりしない。

他の女の人のところに行ったりしない。

だから、私の初めてをこの人に捧げるの。

何度も自分に言い聞かせる。

すき焼きを二人でつつき、おいしいストロング缶に酔い心地気分で、

ふと、べっどに目が行く。

「むり。むりです」

わたしはまだ、オンラインゲームの中の彼を愛している。

たとえ、ネットの中で何度他の女を抱いたとしても、

わたしには彼しかいない。

「ごめんなさい」

一言だけ伝えると、私は自分の家賃を滞納している家に戻っていった。

家に着くなり、彼に電話をする。

「お願い、何もいらない。あなたがいればいい」

彼はゆっくりと、

「そういうと思っていたよ。おかえり」
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