いとなみ

春秋花壇

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コルチカム

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「きゅ、きゅうきゅしゃー」

わたくしは、そう叫んでいる彼を横目にそ知らぬふりで

外に出ました。

彼が騒いでいるのは、台所。

彼のスマホは、いつものように寝室にあります。

運がよければ、取りに行って自力で救急車を呼べるかも。

彼 西 健二28歳とわたくし 武藤 千穂22歳は婚約中で同棲しています。

わたくしは、幼いときから突然、大好きな大切なものを

壊したいという衝動に駆られます。

これほど愛してるのに何故そうなるのかは

わたくしにも不明です。

3歳のときに近所の高校生のお兄ちゃんに

監禁されたからでしょうか。

でも、監禁されただけで性的虐待は受けていないと思います。

その時には記憶はわたくしの別人格に封印したので

今となってはおぼろげにしか覚えていないのですが……。

どうせ、人の人生なんて思い込み。

大きな勘違いでできているんです。

芥川龍之介の藪の中のように

どれもみな事実なのでしょう。

コインが円形で長方形なのと同じようにね。

彼は外資系の会社勤務で在宅ワークを今はしています。

わたくしは、大手保険会社勤務です。

対面販売の保険はこのご時勢、大変ですよね。

3蜜避けてソーシャルディスタンス、

それでも成績を上げていらっしゃるMDRT・COT・TOTk

の方たちはいらっしゃるのですが、

人間不信のわたくしは、できるだけ人と会わないように

できれば田舎にでも引きこもって

まったりとガーデナー生活を送りたいのです。

だから、そろそろ西 健二さまともお別れできたらと思ったのですが……。

本日は、トレーナー同行で午前中に2件の大型の保険のご契約をいただきました。

といっても、1億ずつの二口なんですけどね。

契約も無事終わったことだし、ちょっと遅めのランチです。

彼は今頃、どうしてるかしら。

ちらっと、脳裏を掠めます。

彼がわたくしに飽きたみたいだから、

わたくしのほうから清算して差し上げようかな

お別れしようかなって思っているんです。

捨てられるのは悲しすぎます。

わたくしはいいの。

あなたはだめなのです。

なんて、かつてな言い草なんでしょう。

「婚約破棄です」

彼は喜ぶのかしら。生きていればの話ですけど。

わたくしもやはり、普通の人間なのかしら。

彼の容態が心配です。

サンシャインどおりにある素敵なお店へgo。

小鉢やローストビーフ&フォアグラのソテー、デザートの

ランチコースを注文いたしました。

本当は、梅酒でもいただきたいのですが、

トレーナー同行ですからそうもいきませんね。

さて、警察からも病院からもまだ連絡はありません。

今日は土曜日、本来なら仕事は休みです。

なので、直帰いたします。

その前に、ぶらりとどこかに行ってみたくなりました。

でも、やっぱり、彼が気になります。

家に帰ることにします。

「おかえり」

あれ、彼は平気な顔をしています。

どうして?

今頃は息も耐えているかと思ったのに、

つまんないの。

見た目は美しくても、じつは危険な有毒植物
その独特の美しい花姿から“裸の貴婦人”とも呼ばれ、ガーデンでもよく栽培されるコルチカムですが、じつは全草にコルヒチンというアルカロイド系の毒を持つ、危険な有毒植物です。 コルチカムを摂取すると、腹痛や下痢、嘔吐などの中毒症状が現れ、最悪の場合は死に至ります。

と、いうことだったので、カレーに入れたのですが、

「今日は腹痛がひどかったよ」

「あら、そう、どうしてかしら」

「何か悪いものでも食べたのかな」

「下痢や嘔吐は?」

「それも少しあった」

「病院には行ったの?」

「いや、病院で新型感染症移るのは嫌だからいかなかった」

「おかゆでも食べる?」

「うーん、いまはいいや」

「あったかくして寝てね」

「ありがとう、君は優しいね」

「だって、あなたのことが大好きなんだもん」

「俺も大好きだよ」

彼の手の甲がとても美しいんです。

肌理が細かくて、とても滑らか。

そして、長い指も素敵。

甘美な世界にいざなってくれます。

そのままベッドもつれ込みます。

最後の夜を楽しむのです。

柔らかな唇、とろけるような舌。

躍動感のある首。セクシーな鎖骨。

熱い胸。大胸筋、腹直筋、外腹斜筋、腸陽筋、

縫工筋、大腿四頭筋、膝蓋靭帯、腓腹筋、前脛骨筋、

長趾伸筋、ヒラメ筋、ああ、美しい。

生きている。生かされている。

畏怖の念をおこさせるほどの荘厳なつくり。

靭帯の中の宇宙。

体の中を流れる銀河。

あなたに落ちていく……。

骨格と筋肉のアート。

たまにギターを弾いてくれます。

BGMは、Leyenda by Albeniz in HD - Andres Segovia

世界的なギタリストですよね。

すごいおじいちゃんなのに、柔らかくなでるように爪弾かれる音色は

泣きたくなるくらい心の響きます。

ユーチューブに動画がありました。

彼と二人で見ています。

異国情緒たっぷり。イスラム文化が日本まで届きそうです。

彼がカレーをよそってくれました。

「おいしいよ、とっても」

まさか、毒が入っているから食べないとはいえません。

「俺が食べさせてあげるよ」

スプーンですくって、口に入れてくれます。

あまーいスイートなひと時。

最後の晩餐かしら。

さっきからそんなにたっていないのに、

雲が形を変えていく。

青空一杯だったのに、みるみるうちにうす雲に覆われていく。

男心と秋の空。

女心と秋の空。

所詮人生なんて勘違い。

狸と狐とむじなのだましあい。

私が死んだら、内縁関係でも彼に

保険金が1億。

少しは役に立てたかしら。

壊れていてごめんね。

メンヘラーでごめんね。

ヤンデレで本当にごめんなさい。

心から愛していました。

ありがとう。

いつの間にか、涙で瞳が潤みます。

テーブルの上には、艶やかなコルチカムの花。

イヌサフランともいうんです。

球根のまま、テーブルの上にほっといても咲くんですよ。

お庭のガーデンテーブルでいただくことにします。

彼が死ななかったんだから、少しくらい食べても平気ですよね。

ローズマリー、バイメンラック、レモングラス、バイマックルー、

カレーリーフ、バジル、パセリ、ブーケガルニ、月桂樹いろいろ入れてみました。

ハーブたっぷり、香りがふくよかたまらない。

辛いの苦手なんですが、スーとのどを通ります。

微かに残るレモンの爽やかさ。

レモングラスのせいかな。

結局、完食してしまったんです。

ああ、少しずつおなかが痛くなって。

呼吸困難を起こしています。

少しでもきれいに死にたいな。

あなたに出会えて、嬉しかった。

愛してくれてありがとう。

テーブルの上のコルチカムの花がか・す・む。

木の葉は赤く頬を染め

地面と恋に落ちているかのように

舞い降りていく pic.twitter.com/slRBwABXHI

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