いとなみ

婚約破棄 アザトカワイイ

「君ではわたしの妻は務まらない。

小説家としてもたかが知れている。

よって、婚約破棄とする」

ガーーン。

やっぱりそうなるんですね。

マジかわいいけど、間近はいい。

チョーかわいいから超過はいいよ。

ゲリラ豪雨の後は、フェーン現象で

9月だというのにめちゃくちゃ暑かった。

私の名前は南 博子。23歳。

どこにでもいそうな陰キャ。

これといって、とりえもない。

婚約しても、料理、掃除、洗濯、アイロンがけなど

そつなくこなせるような努力はしていなかった。

家事を甘く見ていた。

結婚＝生活

だなんて、考えてもみなかった。

求婚期間の意味がわかっていなかった。

恋愛小説の延長くらいに思い、

適当にお金があって、そこそこ優しくて普通の顔で……。

やめるときも、すこやかなるときも。

深い愛も尊敬も育てていなかった。

破棄された金子 雅弘さん29歳のことも両親が進めるから

一緒になろうか程度にしか考えていなかったのである。

新型感染症で、既存の会社が危なくなっている。

婚約者は、区役所に勤めていた。

倒産することもないので、必要とされることが

多くなったのかもしれない。

要するに、彼は新型感染症により、

需給が増え、わたくしは若さのみなのである。

小説家としても、ファンタジー、恋愛小説が宗教上の都合で

書けないから、そこらへんにごろごろいるくらいの語彙と表現力しかない。

なによりも、適当な生き方しかしていないから、

伝えたいと思うものがない。

お風呂の中でおならをしたような

意味のない面白くもない文章の羅列。

荒れ狂う海で難破するといった危険に直面してはいなくても，

不安や問題に満ちた世界に住んでいる。

多くの人々は元気を失い，落胆し，失望しており，

増大する問題を前にして途方に暮れている。

このようなときに「元気を出す」にはどうしたらいいんだろう。

結婚という目標を失って、私の小さな小船は漂流してるのだろうか。

抗うことも必死で何かに向かっていくこともしなかった今までの自分の人生を

目を閉じて感じてみよう。

今、何かを考えても良いことは浮かびそうになかった。

水周りの掃除を丁寧に始める。

「そう、こんなときは掃除、片づけが一番」

赤毛のアンの中で、マリラが家を磨き上げるように

不安や動揺を癒してくれる。

気持ちいいほど、掃除の行き届いた部屋に、

お花でも買いに行こうと外に出かける。

台風10号が来ているとかで、

不安定な天気。

真上は雲ひとつない青空なのに、

群雲が流れてきて、大粒の雨がいきなり降ってくる。

大きな太刀魚が売っている。

リュウグウノツカイの子供みたいな魚。

銀色の細長いその体で海を優雅に泳いでいたのかと

想像するとおいしく食べてあげるのが

この太刀魚にとって一番良いことのように思えた。

半分は塩焼きで残りはムニエル?

かぼすとハジカミも添えて「うちのみ」しよう。

近所のスーパーで越乃寒梅ガ売られていた。

小さな瓶なので、一本ゲット。

ピンチをチャンスに変える人もいる。

ピンチでつぶれてしまう人もいる。

わたしは、これを機に片付けと料理をがんばってみよう。

いつも静かに笑ってられる人になれたらいいな。

ユーチューブのピアノバラードが静かに流れる。

テーブルの上には、さっき買ってきたコスモスが優しく揺れる。

白、淡いピンク、葡萄色(えびいろ)と濃紅(こいくれない)

テーブルを華やかに彩っている。

コスモスは優しい乙女のようで大好きなお花。

風にそよぐコスモス畑。

陽光できらきらと輝いているのかな。

見に行ってみたいな。

静かに時が流れていく。

婚約破棄されたのに、何故か平穏な生活。

泣くことも悲しむこともないほどの関係だったのだろうか。

ゆっくりと越乃寒梅を口に含みながら舌で転がしてみる。

柔らかな日本酒の香りが淡く麗しく広がっていく。

さっと塩焼きにした太刀魚をカボスを絞り、

上品で淡白な白身のうまみが酒と絡んで

のどをすり抜けていく。

さくら貝のような指先を眺めながら

深く一つため息をつく。

ああ、あざとかわいい

大人の女になりたい。