いとなみ

春秋花壇

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婚約破棄 悪役令嬢 毒子 ごきげんようですわ

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 京都詩仙堂に婚約者の浅野光司さんを呼び出した毒子は、やけに機嫌がよかった。

枯山水のこの庭園は、芸者時代に毒子が仕事で疲れると、一人ここに来て、一日中、ぼーと庭を眺めていることが多かった。

お庭は、主の座る席から一番美しく見えるように設計されていると観光案内の人が昔、教えてくれた。

浅野光司さんは、毒子の生活全般を面倒見てくれている人で、冷蔵庫、洗濯機、オーブンレンジ、パソコン3台、カメラ、お米、牛肉、アイスクリーム、551の肉まんに至るまで、買って送ってくれていた。

平たく言えば、パトロン。

だからといって、肉体関係があるわけではなかった。

わたくしはあの方を心から尊敬し、

お慕い申しております。

「ひさしぶりだな」

「そうですね」

「元気だったか?」

「はい」

「急に電話で話があるというからびっくりしたぞ」

「ごめんなさい」

毒子は、縁側に座って紅く染まった木々に丸い刈り込みの緑のコントラストを楽しんでいる。

「相変わらず、植物が好きだね」

「うふふ」

ひらひらと紅葉の赤い葉が掃き清められた砂利に落ちて、

なんともはかなく美しい侘びさびをかもし出している。

そよぐ風は、頬に冷たく晩秋の香りを運んでくる。

そこはかとない京都独特の憂いに満ちた雰囲気が、

この日にとてもふさわしいと毒子は思っていた。

「話って何だ?わたしの親も両方死んだからそろそろ結婚してくれるのか?」

その言葉に静かに笑みを浮かべると、

縁側の板の間に三つ指を突き、

「これまで、お世話になりました。婚約破棄させていただきます」

「はー?」

「何が不服なのだ。生活費が足らないなら、あと、10万くらいなら増やすぞ」

「いえいえ、月々のものは、毎月100万頂いていますので十分です」

「ならば、なぜ」

「わたくしも、ハングリーになって自分の稼いだお金で生活してみたくなったのです」

「それならば、お金を送らなければいいのか?」

「いえ」

「好きな男でもできたのか」

「いえ」

「ならばなんだ、言ってくれなければわからないじゃないか」

「うふふ」

「なー、冗談だよな」

「うふふ」

「ほんとに悪い冗談好きだよな、そこがまた毒子さんのいいところなんだけど」

今にも押し倒しそうな勢いで、詰め寄ってくる。

「ごめんなさい。ありがとうございました」

三つ指を付いて深々と頭を下げると、

さっと立ち上がって、その場を去った。

浅野光司さんは、何が起きているのかまだ理解しかねる表情で、

毒子の後姿を眺めていた。

急いで追いかけようとするのだが、

磨かれている廊下に滑りそうになって慌てて柱に捕まっている。

悪役令嬢 毒子は自分の不親切極まりないダンジョンに戻ると、

遠い目で過去を思い出していた。

全く、歩けない、動けば倒れてしまう、目も見えない。耳も聞こえない。

あの地獄のような日々、彼はずっと支えてくれた。

「本当にありがとう」

そういうと、毒子は、神様に頼んで、未来へとロボットの製作のために旅立って行った。

タイムポーター、その先に何があるかわからなかった。

自分の人生のけじめとして、浅野光司さんを自分に縛り付けておくわけにはいかなかったのである。

タイムポーターの着いた先は、2045年シンギュラリティ(技術的特異点)と呼ばれる時間帯であった。


さあ、明るい未来が待っている。介護職の人員不足のためにがんばって勉強するの。

読んでくださってありがとうございました。



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