都市伝説 短編集

江戸川区の都市伝説 ― 水辺の守り人 ―

江戸川区の都市伝説 ― 水辺の守り人 ―

東京都江戸川区には、多くの河川や水辺の景観が広がり、その美しい風景とともに古くから語り継がれる不思議な都市伝説がある。それは「水辺の守り人」と呼ばれる話だ。

江戸川区の小松川エリアに住む高校生の健太（けんた）は、地元の中で囁かれるこの伝説を幼い頃から耳にしていた。

「水辺で危険にさらされている人がいると、どこからともなく現れる黒い人影が助けてくれるんだって」

友人たちとそんな話をしていた頃は、それがただの噂話だと思っていた。しかし、健太はある出来事をきっかけに、その伝説が単なる噂ではないと信じるようになる。

その日は夕立が突然降り、荒川沿いの道は川の水が溢れるほどだった。健太は学校の部活動を終えて帰宅途中だったが、降りしきる雨に足を取られ、滑って川岸に落ちそうになった。心臓が凍りつく思いで必死に手を伸ばすも、濁流がすぐそこまで迫ってきた。

その瞬間、何か温かいものが健太の腕を掴んだ。見上げると、黒い雨合羽を着た人影がそこにいた。顔は見えず、ただその力強い腕が健太を引き上げたのだった。

「大丈夫か？」

低く落ち着いた声に健太が頷くと、その人影は言葉もなく消えた。気がつくと、自分は安全な場所に立っていた。雨は少しずつ止み、遠くに虹が見えていた。

家に戻った健太は、あの黒い人影のことが気になって仕方がなかった。翌日、学校で友人たちにその出来事を話すと、誰もが驚きながらも興味津々に聞いてきた。

「それって、やっぱり『水辺の守り人』じゃないの？」

「でも、本当にいるのかな？」

都市伝説として聞くだけだった話が、自分の体験と結びついたことで、健太の中でその存在が現実味を帯びてきた。

数日後、健太は地元の歴史に詳しい祖父にこの話をした。祖父は深く頷きながら、静かに語り始めた。

「『水辺の守り人』か……。昔、この辺りの川で大きな事故があったんだ。洪水で多くの人が流されてしまった。その中で、自分の命を顧みずに他の人を助けようとした男がいたそうだ。その人は最後に自分が流されてしまったけど、それ以来、この江戸川区の水辺では不思議なことが起きるようになったんだよ」

祖父はさらに続けた。

「助けを求める人がいると、その男の魂が現れると言われている。それが『水辺の守り人』だ。伝説に過ぎないと思うだろうけど、不思議と水辺で助けられたという話は今でもよく聞くよ」

健太は祖父の話を聞きながら、あの日の体験を思い出していた。あの腕の温かさ、低い声の安心感。それは確かに人の温もりだった。

それからというもの、健太は河川敷を歩くたびに、あの黒い人影を探すようになった。しかし、それ以来「水辺の守り人」に会うことはなかった。

高校を卒業し、健太は地元を離れることになったが、江戸川区の水辺にまつわる伝説は彼の心に深く刻まれていた。そして、どこかで今も誰かを助けているだろう「水辺の守り人」を思いながら、健太は心の中でそっと感謝を伝えた。

後日談

大人になった健太はある日、偶然訪れた江戸川区の図書館で、古い新聞記事を目にした。そこには、祖父が話していた洪水事故の詳細が記されていた。その記事の片隅には、一人の男性の写真が載っていた。健太は息を呑んだ。そこに映る男性の姿は、あの日彼を救った「黒い人影」と不思議と重なって見えたのだった。

「ありがとう、守り人さん」

静かに呟きながら、健太は江戸川区の水辺に思いを馳せた。