都市伝説 短編集

春秋花壇

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荒川区の赤い風

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「荒川区の赤い風」

荒川区の下町には、昔から語り継がれる不思議な都市伝説があった。その名も「赤い風」。冬の夜、荒川の川辺を赤いマフラーを巻いた少女が風と共に歩く姿を目撃した者は、幸運か災難に見舞われるという。

主人公の篤史は、荒川区に住む大学生だった。地元の伝説を信じるわけではなかったが、幼い頃に祖母から聞かされた話が頭の片隅に残っていた。

「赤い風を見たら、その風の向きに従いなさい。でないと罰が当たるよ。」
祖母が語るその声は、どこか現実味を帯びていた。

不可解な出来事
その年の12月、篤史は地元の友人たちと深夜に荒川の土手を歩いていた。冬特有の冷たい風が頬を刺し、川面は月明かりに照らされて鈍い銀色に光っていた。

「赤い風の話、知ってる?」友人の一人が話を持ち出した。
「バカバカしい。ただの噂だろ。」篤史は笑って流した。

その時、不意に風が強く吹き、視界に何か赤いものが揺れた。篤史は一瞬、目を疑った。風に舞う赤いマフラーが見えたような気がしたのだ。

「おい、今の見たか?」
「何も見てないけど?」友人たちは首を傾げる。

篤史は気のせいだと思い直し、その場を離れた。しかし、その夜から彼の周りで奇妙な出来事が起き始めた。

赤い風の足音
翌日、篤史は朝寝坊をしてアルバイトを遅刻してしまった。普段なら間に合う電車が運行トラブルで止まっていたのだ。さらに、帰り道では財布を落とし、数時間探し回る羽目になった。

「これって、もしかして赤い風のせい?」

祖母の言葉を思い出した篤史は、次第に不安になってきた。「風の向きに従わなければ罰が当たる」という話が頭を離れない。

三日後の夜、彼は再び荒川の土手に向かった。「赤い風」に会って直接確かめるためだった。

遭遇
深夜の荒川は静まり返り、聞こえるのは自分の足音と川の流れる音だけ。篤史が進むたびに冷たい風が吹き抜けた。

突然、視界の端に赤いマフラーが揺れるのが見えた。篤史は心臓が跳ねるのを感じながらも、その方向に足を向けた。

「おい!そこにいるのか?」

声をかけると、赤いマフラーを巻いた少女が振り返った。透き通るような肌と黒い瞳、そして不気味なほど静かな微笑み。

「あなた、私を探してたの?」
少女はそう言って、一歩近づいてきた。

試練
少女は篤史に向かって小さな箱を差し出した。
「この箱を開ける勇気があるなら、罰を解いてあげる。」

篤史は躊躇しながらも箱を受け取った。開けると、中には風車が一つだけ入っていた。赤と白に彩られた風車は、何の変哲もないものに見えたが、触れた瞬間に冷たい風が吹き荒れた。

「風を止めることができるなら、あなたの運命は変わる。でも止められなければ…」

少女はそう言うと、ふっと消えた。

風の選択
篤史はその場で風車を握りしめ、荒川の川面に向き直った。風車は強風に逆らうように激しく回り続けている。

「風を止める…どうすればいい?」

篤史は目を閉じて考えた。やがて、祖母の言葉が蘇った。

「風の向きに従いなさい。」

篤史は深呼吸し、風車を川に向かって放った。風車は風に乗り、川の水面を跳ねながら遠ざかっていった。その瞬間、風がぴたりと止み、静寂が戻った。

新たな風
翌朝、篤史の生活は嘘のように元通りになった。財布も無事に見つかり、アルバイト先でも歓迎された。

「赤い風って、本当にあったんだな…」

篤史は土手での出来事を誰にも話さなかったが、荒川の風が吹くたびに赤いマフラーを思い出し、自分を試した少女に感謝した。

「風の向きに従う」ことで、彼は新しい幸運を手に入れたのだ。

それ以来、荒川の土手を歩くたびに篤史は風の音に耳を傾け、誰かが見守っているような気配を感じていた。





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