都市伝説 短編集

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
17 / 182

クチ裂け女

しおりを挟む
クチ裂け女

深夜の街に不気味な風が吹いていた。小雨が降りしきる中、誰もいない暗い路地に一人の女性が立っていた。彼女は長い黒髪を乱し、赤いコートをまとっていたが、その顔はマスクで覆われていた。そんな彼女に出会った者は、二度と無事ではいられないと言われている。

街には「クチ裂け女」の噂が広がっていた。「私、キレイ?」と尋ねる謎の女。その問いにどう答えても逃れられない恐怖。彼女は口が耳まで裂けており、無惨な笑顔で次の獲物を求めて彷徨うのだという。

高校生のケンタは、その話を友人たちと放課後の教室で聞いていた。「そんなのデタラメだろ」と笑い飛ばす友人たち。しかし、ケンタは心のどこかでその噂に興味を持っていた。「本当にいるのかもしれない…」そう思うと、彼は一度見てみたくなった。

ある日、ケンタは一人で帰宅する途中、暗い路地に足を踏み入れた。街灯が少なく、薄暗い道が続いている。静寂が広がる中、彼はふと振り返ると、そこに赤いコートの女が立っていた。彼女の顔はマスクで覆われ、動かない。ケンタはその場で立ち止まり、心臓が激しく鼓動するのを感じた。

「私、キレイ?」彼女の声が静かに響いた。ケンタは一瞬、答えを迷ったが、噂を思い出して「キレイです」と答えた。女はマスクを外し、口が耳まで裂けた顔を見せた。その笑顔はどこか哀しげで、それでも彼女は再び同じ質問を投げかけた。「これでも?」

ケンタは足がすくんで動けなかった。逃げようとする意志はあったが、体が言うことを聞かなかった。「…キレイです」と、声が震えた。その瞬間、彼女はケンタに近づき、手にした鋏を振り上げた。

「キレイじゃないと言ったらどうなるのか、知りたい?」

ケンタは答えられず、ただ後ずさりするしかなかった。恐怖で視界がぼやけ、彼は必死に逃げようと振り向いたが、次の瞬間には彼女が彼の背後に回り込んでいた。まるで彼女の足音が聞こえないように、音もなく忍び寄っていたのだ。

「逃げられないのよ」彼女の声が耳元で響いた。ケンタはその言葉に恐怖を感じながらも、ようやく足を動かし始め、全力で駆け出した。息が苦しくなり、足がもつれそうになる。彼は後ろを振り返ることなく、ただ走り続けた。

やがて、彼は安全な場所にたどり着いたように思えた。路地を抜け、大通りに出たケンタは、その場に座り込んで息を整えた。周りを見渡すが、クチ裂け女の姿はどこにも見当たらなかった。

「やっぱり、ただの噂だったのか…」ケンタは自分に言い聞かせるように呟いた。しかし、彼が家に帰って鏡を見た時、そこには見覚えのない赤いリップの跡が首筋に残っていた。それは、まるで彼女が彼にキスをしたかのように、くっきりとした跡だった。

その夜、ケンタはなかなか眠れなかった。夢の中でもクチ裂け女が現れ、同じ質問を繰り返した。「私、キレイ?」その声が頭から離れない。彼は何度も目を覚まし、そのたびに周囲を確認してしまう。

翌日、学校では友人たちがケンタの様子を心配して声をかけた。「何かあったのか?」と聞かれても、ケンタはただ「いや、何もない」と答えるしかなかった。赤いリップの跡は消えていない。まるで、彼女が彼を見守っているかのように感じられた。

それからというもの、ケンタは毎晩、同じ夢を見るようになった。クチ裂け女が彼の前に現れ、問いかける。「私、キレイ?」ケンタは夢の中でも答えを迷い、彼女の姿が消えることはなかった。まるで永遠に繰り返される悪夢のようだった。

数週間後、ケンタはついに意を決して再びあの路地に向かった。今度こそ、彼女と向き合い、その恐怖を克服しようと決意していた。しかし、路地に入ったケンタは驚いた。そこには、彼女の姿はなかった。ただ、静かな夜風が吹くだけだった。

「私、キレイ?」その声はもうどこからも聞こえなかった。ケンタは深呼吸し、心の中で呟いた。「もう、君に怯えることはない…」

しかし、彼が去った後も、その路地では風が囁くように吹いていた。そして、次の誰かがその質問に答えなければならない時が来るのを待っているようだった。クチ裂け女は、ただの噂ではなく、人々の恐怖が生み出した影のように、静かに潜んでいるのだ。










しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【総集編】 1分怪談短編集

Grisly
ホラー
⭐︎登録お願いします。 1分で読めるホラー、怪談、サスペンス。 ひんやりしませんか。 

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...