都市伝説 短編集

春秋花壇

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足売りばあさん

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足売りばあさん

深夜、静まり返った商店街の路地裏を歩いていたのは、大学生の涼介だった。友人との飲み会の帰り道、電車の時間を逃してしまい、仕方なくタクシーを探していたのだが、辺りはどこもかしこも閑散としている。人気のない路地に足を踏み入れると、やけに冷たい風が吹き付けてきて、彼は身震いした。

「足はいらんかね?」

突然、耳元でひそひそと囁かれる声に、涼介は驚いて振り返った。そこには、薄汚れた和服を纏った老婆が立っていた。彼女の姿は、暗闇に溶け込むように不気味で、表情は見えない。老婆はまるで浮いているように見えたが、涼介はそれを気のせいだと思おうとした。

「なんですか?」と涼介は緊張しながら問い返す。

「足はいらんかね?」老婆は再び同じ言葉を繰り返した。彼女の声はかすれていて、どこかしら遠くから聞こえてくるようだった。

「いらないです」と涼介は咄嗟に答えた。こんな夜中に、足を売るなんて奇妙すぎる。悪い冗談に付き合う気はない。

しかし、その言葉を聞いた瞬間、老婆の顔がにやりと歪んだように見えた。突然、彼女は涼介の足元にしゃがみ込み、力強く涼介の足を掴んだ。その手は骨ばっていて、まるで氷のように冷たかった。彼が抵抗しようとする間もなく、老婆は異様な力で彼の脚を引きちぎった。痛みが頭の先から全身に広がり、涼介は声にならない悲鳴をあげた。

「いらんと言ったじゃろ?」老婆は冷たくつぶやいた。その瞬間、涼介の視界がぼやけ、足元から信じがたい感覚が襲ってきた。左足がなくなった場所には何もない空間が広がり、赤黒い血が噴き出している。涼介は恐怖と痛みで意識が遠のきそうになったが、老婆の顔だけが異様に鮮明に見えた。

「これであんたもわしと同じじゃ」老婆は涼介の脚を持ち上げて見せつけるように揺らした。その脚は瞬く間に老婆の体に吸い込まれるように消え、彼女の姿は次第に変わり始めた。老婆の背が伸び、姿勢がまっすぐになり、服も新しいものに変わっていく。まるで若返ったように見えた老婆は、涼介に向かって不気味な笑みを浮かべた。

涼介は血だまりの中に倒れ込み、頭の中で恐怖が駆け巡っていた。このままでは死んでしまう。しかし、体は動かない。目の前で老婆はその場を離れようとしていた。涼介は必死に叫ぼうとするが、声は出ない。

「足はいらんかね?」

別の声が、背後から聞こえた。涼介はぎょっとして振り返ろうとしたが、体が言うことを聞かない。振り返ることすらできず、ただ耳にその声だけが響く。

「足はいらんかね?」今度は、老婆が再び姿を現した。だが、彼女の足元には新たな被害者らしき若い女性が立っていた。恐怖で凍りついたその女性は、涼介と同じように動けずにいる。

涼介の心は絶望でいっぱいになった。彼は今、自分が老婆の次の獲物になることを理解した。どうしようもない現実を前に、彼はその場で気を失ってしまった。

目を覚ますと、涼介は病院のベッドに横たわっていた。左足はすでに膝下からなくなっており、包帯でぐるぐる巻きにされていた。彼の頭には老婆の不気味な声と、失った足の感覚がこびりついて離れなかった。

警察の捜査によると、その夜、路地裏で同じ老婆に遭遇したと証言する人が何人かいたが、老婆はどこにも見当たらなかった。目撃者の中には「足を買った」と答えた者もおり、彼らの脚は異様に肥大していたり、異常な感覚を訴えていた。

涼介は二度と足を失うことがないようにと誓いを立てたが、老婆の姿は頭から離れなかった。そして夜になると、今もどこかで「足はいらんかね?」と老婆の声が響いているのだろうと考えると、恐怖で眠れぬ夜を過ごすことが増えた。

都市の片隅で、誰かが再び老婆に出会うことを恐れて。










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