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消えゆく居場所
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「消えゆく居場所」
夜の静寂が痛いほど胸に刺さる。パソコンの画面には冷たく響く運営からのメールが表示されている。
「今後同様の案件を繰り返されました場合は、強制退会の対応を行わせていただきます。」
その一文が、頭の中で何度も何度も反響していた。
「……ああ、私が悪いんだよね」
自然に口をついて出た言葉。誰かに言い訳するつもりも、抗議するつもりもない。ただ、自分がこの状況を招いたことは分かっている。
短い作品を何百も投稿していた。読者からの苦情も、ガイドライン違反という運営の指摘も、本当はもっと早く気づけたはずだった。それなのに、それを認めるのが怖くて目をそらしてきた。
「……必要とされてないんだよね」
視線を落とし、机の上に置かれた一冊のノートを開く。その中には、今まで思いついたアイデアや物語の断片がびっしりと書き込まれている。これだけの時間を費やしてきたのに、この居場所を失ってしまうのかと思うと、心が押しつぶされそうになる。
私にとって、この投稿サイトはただの趣味ではなかった。家庭のことや日常の辛さから逃れる、たった一つの逃げ道だった。
「ここだけは……私の居場所だと思っていたのに」
目からぽろぽろと涙が落ちる。夫も子どもたちも優しい。彼らのことを思うと、私は幸せなのだと自分に言い聞かせることもできる。でも、創作だけは――この場所だけは――私自身でいられる唯一の拠り所だった。
メールの一文を見つめるたび、過去のことが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
初めて作品を公開した日の喜び。
読者からの温かいコメントに涙した夜。
ポイントが増えて、ランキングに名前が載った瞬間の高揚感。
そして、警告メールを受け取った日のことも、何度も何度も思い出してしまう。
「ママ、どうしたの?」
小さな声がして顔を上げると、三女のみゆきが心配そうにこちらを見ていた。
「ああ、ごめんね、なんでもないの」
そう言って微笑むと、彼女は不安そうに首をかしげながらも、「また書いてるの?」と机のノートを覗き込んだ。
「うん、そうだよ。大したことじゃないけどね」
みゆきは少し考え込んでから、小さな声でこう言った。
「ママが書いたお話、好きだよ」
その言葉に、私はハッと息を飲む。家族は私の作品のことなんて気にしていないと思っていた。むしろ、いつも机に向かっている私のことを迷惑に思っているのではないかとさえ感じていた。
「ほんと?」
みゆきは少し恥ずかしそうに笑って、うなずいた。
「うん。ママのお話、いつも楽しいもん」
その一言が、どれほど私を救ったか。涙がまたこぼれたけれど、それは悲しみからではなかった。
深呼吸をして、パソコンの前に座る。そして、運営からのメールを閉じた。
私は悪かった。反省するべき点もたくさんある。でも、それで創作をやめるわけにはいかない。私はまだ書きたい。家族が支えてくれるなら、きっとやっていけるはずだ。
「次はもっと読者に喜んでもらえる作品を……」
自分にそう言い聞かせながら、新しい物語のプロットを書き始めた。居場所がなくなりそうでも、私は前に進む。創作が私の生きる証だから。
終わり
夜の静寂が痛いほど胸に刺さる。パソコンの画面には冷たく響く運営からのメールが表示されている。
「今後同様の案件を繰り返されました場合は、強制退会の対応を行わせていただきます。」
その一文が、頭の中で何度も何度も反響していた。
「……ああ、私が悪いんだよね」
自然に口をついて出た言葉。誰かに言い訳するつもりも、抗議するつもりもない。ただ、自分がこの状況を招いたことは分かっている。
短い作品を何百も投稿していた。読者からの苦情も、ガイドライン違反という運営の指摘も、本当はもっと早く気づけたはずだった。それなのに、それを認めるのが怖くて目をそらしてきた。
「……必要とされてないんだよね」
視線を落とし、机の上に置かれた一冊のノートを開く。その中には、今まで思いついたアイデアや物語の断片がびっしりと書き込まれている。これだけの時間を費やしてきたのに、この居場所を失ってしまうのかと思うと、心が押しつぶされそうになる。
私にとって、この投稿サイトはただの趣味ではなかった。家庭のことや日常の辛さから逃れる、たった一つの逃げ道だった。
「ここだけは……私の居場所だと思っていたのに」
目からぽろぽろと涙が落ちる。夫も子どもたちも優しい。彼らのことを思うと、私は幸せなのだと自分に言い聞かせることもできる。でも、創作だけは――この場所だけは――私自身でいられる唯一の拠り所だった。
メールの一文を見つめるたび、過去のことが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
初めて作品を公開した日の喜び。
読者からの温かいコメントに涙した夜。
ポイントが増えて、ランキングに名前が載った瞬間の高揚感。
そして、警告メールを受け取った日のことも、何度も何度も思い出してしまう。
「ママ、どうしたの?」
小さな声がして顔を上げると、三女のみゆきが心配そうにこちらを見ていた。
「ああ、ごめんね、なんでもないの」
そう言って微笑むと、彼女は不安そうに首をかしげながらも、「また書いてるの?」と机のノートを覗き込んだ。
「うん、そうだよ。大したことじゃないけどね」
みゆきは少し考え込んでから、小さな声でこう言った。
「ママが書いたお話、好きだよ」
その言葉に、私はハッと息を飲む。家族は私の作品のことなんて気にしていないと思っていた。むしろ、いつも机に向かっている私のことを迷惑に思っているのではないかとさえ感じていた。
「ほんと?」
みゆきは少し恥ずかしそうに笑って、うなずいた。
「うん。ママのお話、いつも楽しいもん」
その一言が、どれほど私を救ったか。涙がまたこぼれたけれど、それは悲しみからではなかった。
深呼吸をして、パソコンの前に座る。そして、運営からのメールを閉じた。
私は悪かった。反省するべき点もたくさんある。でも、それで創作をやめるわけにはいかない。私はまだ書きたい。家族が支えてくれるなら、きっとやっていけるはずだ。
「次はもっと読者に喜んでもらえる作品を……」
自分にそう言い聞かせながら、新しい物語のプロットを書き始めた。居場所がなくなりそうでも、私は前に進む。創作が私の生きる証だから。
終わり
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