抱いて

受け入れること

「受け入れること」

その日、私は何も言わずに彼の前に立った。空気がどこか重く、長い沈黙が私たちの間に流れた。彼は私をじっと見つめ、何かを言おうとしているようだったが、口を開くことはなかった。私はそのまま目を閉じて、静かに深呼吸をする。

「どうして、そんなに無理をするの？」

彼の声が、私の耳に優しく届く。目を開けると、彼の顔は少し心配そうだった。私は笑顔を作るようにしたが、どこか無理があることは自分でもわかっていた。

「無理なんかしてないわ。」私は軽く肩をすくめて、少しだけ気を使った声で答えた。「私はあなたを黙って受け入れるから。」

彼の目が少しだけ見開かれる。「それが、どういう意味？」

私はその問いに答えられなかった。言葉が喉の中でぐるぐる回るだけで、何も言葉にできない自分が嫌だった。でも、その時、私はその言葉が本当だと感じていた。私が求めているのは、ただあなたを受け入れ、ただ静かにその存在を感じること。それが私にとっての愛情であり、私ができる最も大きな贈り物だった。

「私は、あなたのことをただ愛してるだけ。」私は静かに言った。これ以上何もいらない。私がただ感じていることを、彼に伝えることだけが今の私にできる全てだった。

彼は黙って私の目を見つめた。その視線が少し冷たく感じる瞬間もあったけれど、私はそれを恐れずに受け入れた。愛とは、必ずしも言葉にできるものではない。彼の冷たい視線も、私にはただの一部に過ぎない。私はそれを含めて、全てを受け入れようとしていた。

彼の声が、再び私の耳に届く。「あなたが私を受け入れてくれるのはわかっている。でも、私はあなたに何を返せるのか…」

その言葉が、私の胸に刺さるようだった。彼がどれだけ自分を責めているか、私は理解していた。でも、そんな言葉に答えることができる自信がなかった。彼が私を受け入れてくれることを期待するのではなく、私はただ彼を受け入れたいだけだった。

「あなたは、あなたのままでいいの。」私は少し泣きそうになりながら言った。「私はあなたの全てを受け入れる。それが私の願いだから。」

彼は少し息を呑んで、私の顔をじっと見た。そして、ゆっくりと手を伸ばしてきた。その手のひらは、少し冷たかったけれど、私はそれをしっかりと握りしめた。

「君が僕を受け入れてくれるなら、僕も君を受け入れる。」彼の声は少し震えていた。それでも、私にはその言葉が、どこか温かく感じられた。

その時、私は初めて、自分の気持ちが伝わったのだと感じた。言葉ではなく、ただ彼の手のひらを握ることで、私は彼に何かを伝えることができたような気がした。私たちの関係が、少しずつ変わり始めた瞬間だった。

彼の手が温かく感じて、私は安心した。どれだけ長く沈黙が続いても、この手を握りしめていれば、どんなことでも乗り越えられるような気がした。

「ねっ、あなたも私を受け入れて。」私はそっと囁いた。彼が答える前に、私は少しだけ笑った。その笑顔は、私自身が自分を受け入れた証だった。どんなに辛い時でも、私は自分を見失うことなく生きてきた。そして今、彼と一緒にその道を歩きたいと心から思っていた。

彼は少しだけ目を閉じて、深く息を吸った。そして、ゆっくりと私の方を向き直して言った。「わかった。君を受け入れる。」

その言葉が、私の心に温かさを広げていった。私たちは言葉だけではなく、お互いの存在を感じ合い、ただ静かに受け入れ合うことで、少しずつ歩み寄っていった。

私が受け入れたこと、彼が受け入れたこと。全ては、言葉以上の何かで繋がっていた。私たちは、言葉がなくても理解し合えるような関係に向かっていた。

もう一度、彼の手を握りしめる。そして私は心の中で思った。これからもずっと、あなたを黙って受け入れるから、どうか私も受け入れて。