抱いて

人に見捨てられることを強く恐れ、不安を抱いている

人に見捨てられることを強く恐れ、不安を抱いている

陽菜は人に見捨てられることを強く恐れていた。それは幼い頃からの心の癖のようなものだった。小学校の頃、友達の真由と毎日一緒に過ごしていたある日、突然「他の子と遊びたい」と言われた記憶が蘇る。何気ない一言だったのだろうが、陽菜にとってはまるで自分が否定されたような感覚に陥った。その日から、「誰かに見捨てられる」という恐怖は、彼女の心の中に根を張り続けていた。

不安の種
職場でもその不安は彼女の行動に影響を及ぼしていた。例えば、同僚の田中さんが「今日はランチに行けない」と言っただけで、「嫌われたんだ」「もう一緒に話すこともないのかもしれない」と勝手に思い込んでしまう。そしてその不安は、田中さんへの過剰な連絡や態度の変化として現れてしまう。

陽菜自身も、自分がこうした行動を取ることで周囲を困らせていると理解していた。しかし、「見捨てられたくない」という感情は、時として理性を完全に凌駕してしまう。

美咲の存在
陽菜の数少ない理解者である美咲は、そんな彼女の不安を少しずつ和らげてくれる存在だった。ある日、陽菜が電話で「私、本当に迷惑ばかりかけてるよね」と泣きながら話すと、美咲はこう答えた。

「迷惑なんて思ったことないよ。むしろ、陽菜がそうやって不安を言葉にしてくれること、私に信頼してくれてるって感じられて嬉しいよ。」

その言葉に陽菜は涙が止まらなかった。誰かに理解されることのありがたさ、安心感が胸に沁みたからだ。

小さな希望
陽菜は再び医師の元を訪れた。今回のテーマは「見捨てられ不安への対処法」だった。医師は、陽菜の話をじっくりと聞きながらこうアドバイスした。

「陽菜さん、不安を感じた時に相手の行動だけで全てを判断せず、自分の気持ちに正直になってみることはどうでしょう？例えば、少し怖くても、田中さんに『最近私、なんだか距離を感じて不安になってます』と伝えてみるのも一つの方法です。」

最初は怖かったが、陽菜は思い切って医師の提案を試してみることにした。

勇気ある一言
ある日の昼休み、陽菜は田中さんに小さな声で話しかけた。
「あの…最近、私、田中さんとの関係がちょっと冷たくなったような気がして、不安に思ってたんです。」

田中さんは驚いた表情をしたが、すぐに笑顔で答えてくれた。
「そんなことないですよ。ただ、仕事が立て込んでて、他のことに手が回らなかっただけなんです。本当にごめんなさいね。」

その瞬間、陽菜の胸の中に小さな光が灯った。言葉にすることで不安が少しずつ溶けていく感覚。それは、彼女にとって新しい一歩だった。

境界線の向こうへ
陽菜の不安は完全に消えたわけではない。まだ、ふとした瞬間に「見捨てられるかも」と思うことはある。それでも、彼女は少しずつ周囲の人々との関係を築き直し、自分の感情に向き合う努力を続けている。

美咲が言った言葉が、今も陽菜の支えになっている。
「誰かに見捨てられることが怖いなら、見捨てられたくないって気持ちを伝えればいい。それが、私たちが繋がる方法だから。」

陽菜は心の中でその言葉を反芻しながら、また一歩、新しい世界へと足を踏み出す準備をしていた。