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キッチンガーデン

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キッチンガーデン

朝露がまだ残る早朝、陽菜(ひな)はキッチンの窓から外を眺めながら、今日も忙しい一日が始まることを思った。子供たちを学校に送り出し、夫を見送ると、一息つく間もなく陽菜はエプロンをつけ、庭に出る準備を始めた。

庭と言っても、陽菜の家の裏庭はそれほど広くない。けれども、その限られたスペースに彼女は自分なりの工夫を凝らし、小さなキッチンガーデンを作り上げた。最初はほんの遊び心で始めたこの庭も、今では家族の食卓を豊かに彩る重要な存在となっている。

「今日も元気に育ってくれているかな?」陽菜は足元にある長靴を履きながら、キッチンガーデンへと向かった。

庭に足を踏み入れると、さわやかな土の香りとともに、色とりどりの野菜たちが迎えてくれた。トマト、ナス、キュウリ、バジル、ローズマリー。どの植物も、陽菜が丹精込めて育てたものだ。彼女はその一つ一つに目をやりながら、手入れを始めた。

「トマトが赤くなってきたわ。」陽菜は手でそっとトマトの実を包み、熟れ具合を確かめる。艶やかな赤い実が太陽の光を受けて、キラキラと輝いているのを見て、思わず微笑んだ。子供たちがこれをかじって、甘いと笑う顔が目に浮かぶ。

次にナスの葉を触り、虫食いがないかを確認する。キッチンガーデンを始めた頃は、野菜作りの知識がほとんどなく、病害虫に苦労したものだった。でも、試行錯誤を繰り返すうちに、どんどん知識と経験が増え、今では立派な家庭菜園を誇れるほどになった。

「バジルもそろそろ収穫して、パスタに使おうかしら。」陽菜はふと、夜のメニューを考えながら、手を伸ばしてバジルの葉を摘んだ。摘み取ると、ふわりと鼻に広がる爽やかな香りが、彼女の気持ちをさらに軽やかにした。

陽菜のキッチンガーデンは、ただの野菜やハーブを育てる場所ではなく、彼女自身のリフレッシュの場でもあった。ここで植物と向き合い、手を動かしていると、不思議と心が落ち着き、日々の忙しさやストレスから解放される気がした。

ふと、庭の端にある小さなスペースに目をやる。そこにはまだ土を入れたばかりのプランターがあり、新しい挑戦を待っていた。陽菜は少し考えた後、次は何を植えようかと心を躍らせた。シソやパクチーもいいけれど、今度は少し冒険して、スパイス系のハーブを育ててみるのも面白いかもしれない。

「育てる喜びもあるけれど、やっぱり食べる楽しみが一番ね。」陽菜は、庭で収穫した新鮮な野菜たちを思い描きながら、料理を楽しむ家族の笑顔を思い浮かべた。

キッチンガーデンでの作業が一段落すると、陽菜は収穫した野菜とハーブをバスケットに入れ、キッチンへと戻った。朝日が差し込む明るいキッチンに、収穫したばかりの新鮮な野菜が並べられると、途端に空間が生き生きとしたものになる。

「今日は何を作ろうかな?」陽菜は、収穫物を見ながら考えを巡らせた。バジルの香りを活かしてジェノベーゼソースを作るか、トマトをたっぷり使ったサラダにするか。何を作るにしても、愛情込めて育てた自家製の食材が加わることで、料理の味は格別なものになる。

昼前には、陽菜の作ったランチが食卓に並んだ。トマトとバジルのカプレーゼ、ナスのグリル、そしてキュウリのピクルス。家族が一緒に集まり、色鮮やかな料理を囲む。その瞬間が、陽菜にとって一番の幸せだった。

「お母さん、今日のトマト、すっごく甘いよ!」と子供たちが口々に言う。それを聞いて、陽菜の心もまた満たされる。キッチンガーデンを通じて、ただ美味しい食事を提供するだけでなく、家族との絆が深まることを実感していた。

キッチンガーデンという小さな世界が、陽菜の日常を彩り、日々の喜びをもたらしてくれる。それはただの趣味を超えて、彼女にとってかけがえのないライフスタイルとなっていた。








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