親子

思春期の夏休み

「思春期の夏休み」

夏休みが終わりに近づく8月の終わり、真夏の陽射しは少しずつ柔らかくなり、蝉の声もどこか疲れたように聞こえていた。庭のプールはもう片付けられ、子どもたちの笑い声が響く日々も、いつの間にか終わりを迎えようとしている。

リビングで冷えた麦茶を飲んでいた母の美咲は、2階から響く音に耳を澄ませた。息子の翔太が部屋に閉じこもっている音だ。ドアの向こうからは、ゲームの効果音や、友達との電話の声が時折聞こえる。けれど、最近の翔太はどこか元気がないように見えた。友達と遊びに出かけることも少なくなり、部屋にこもる時間が増えたように思える。

美咲はそのことが心配でたまらなかった。翔太は中学生になり、思春期真っ只中。自分の気持ちがうまく整理できないのか、時折「どうせ僕なんて…」と呟くことがあった。その言葉を聞くたびに、美咲の胸はぎゅっと痛んだ。

ある日、思い切って翔太の部屋をノックした。反応はない。もう一度ノックすると、やっとのことで「何？」と返事があった。

「お昼ご飯、どうする？ 今日はおにぎり作ったんだけど、一緒に食べる？」

翔太は少し考えてから、「別に…いいよ」と言った。その曖昧な返事に、美咲は少しだけ心が軽くなった。誘いを断られなかったことが、ほんの少し嬉しかったのだ。

リビングに降りてきた翔太は、無言で美咲が用意したおにぎりに手を伸ばした。美咲は息子の顔をじっと見つめて、何か話しかけようかと考えたが、うまく言葉が見つからなかった。

その日は結局、特に何も話せないまま昼食を終えた。ただ、美咲は少しでも翔太の気持ちに寄り添えればと思い、翌日からできるだけ話を聞くように努めることにした。

次の日、美咲は翔太の小さな成功に目を向けることに決めた。昼食後、翔太が自分の部屋を片付けているのを見て、「部屋がきれいになったね。片付けが上手だね」と声をかけた。すると、翔太はほんの少しだけ笑みを浮かべたように見えた。美咲はその小さな変化に希望を感じた。

また別の日には、翔太が宿題を終えることができたことに注目した。「今日の宿題、ちゃんと終わらせたんだね。頑張ったね」と褒めた。翔太は「まあ、普通だよ」とそっけなく返したが、その表情はどこか誇らしげだった。

そんな日々の中で、美咲は少しずつ翔太との距離を縮めていった。ある日、翔太が部活でうまくいかなかった話をしてくれた。バスケットボールの試合でミスをしてしまい、チームに迷惑をかけたという。

「みんなに怒られてさ…どうせ僕なんかいなくてもいいんだ」

翔太の目には涙が浮かんでいた。美咲は息子の肩に手を置き、静かに話を聞いた。

「そうだったんだね。辛かったね。でも、失敗は誰にでもあるし、そこから学べることがあるんじゃないかな」

翔太は黙って頷いた。美咲はさらに続けた。

「大切なのは、次にどうするかだよね。ミスをした分、次に活かせばいいんだよ。翔太は努力家だから、きっとできるよ」

翔太は少しだけ笑みを浮かべた。その笑顔を見て、美咲は息子が少しずつ自分を取り戻していることを感じた。翔太はもう一度、バスケットボールの練習に励む決意をしたようだった。

夏休みが終わる頃、翔太は少しずつ明るさを取り戻していった。部屋にこもる時間が減り、友達と遊びに出かける姿も見られるようになった。美咲は、その変化を嬉しく思いながらも、決して焦らず、息子のペースに合わせて寄り添い続けた。

夏休みの終わりに、翔太は美咲に感謝の気持ちを伝えた。

「ありがとう。お母さんが話を聞いてくれたから、なんか前より楽になった気がする」

美咲はその言葉に、胸がいっぱいになった。息子が自分の気持ちを素直に話してくれたこと、それが何よりの喜びだった。

思春期の息子と向き合うことは簡単ではなかったが、美咲は一歩ずつ、翔太の心に寄り添うことの大切さを感じていた。これからも、どんなに小さなことでも見逃さず、翔太の成長を支えていこう。そう心に誓った美咲の胸には、これから始まる新しい季節への期待と希望が膨らんでいた。