生きる

春秋花壇

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人の不幸は蜜の味

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「人の不幸は蜜の味」

金子翔太は、19歳の自称ラッパーでありながら、実際は特殊詐欺グループの末端に属していた。彼は、自分を優れた詐欺師だと思い込んでおり、詐欺行為を「年寄り孝行」と本気で信じていた。彼の中には、まったく罪悪感がなかった。むしろ、無駄な金を抱え込んでいる高齢者たちのために、彼がその金を使ってやることが「正義」だと思っていたのだ。

「おれって優しいよな」

翔太は、自分にそう言い聞かせながら今日もスマートフォンを手に取る。彼の仕事は、詐欺の「かかり役」として、高齢者たちに電話をかけて騙し、キャッシュカードや現金を手に入れることだった。彼は、電話の向こうで怯える高齢者たちの声を聞くたびに、満足感を覚える。

「どうせ金を使うこともできないんだし、俺が代わりに使ってやるよ」

翔太はその考えを繰り返し、自分の行為を正当化していた。彼が目指すのは、簡単に手に入る大金と、誰もが羨むような豪華な生活だった。だが、それは彼にとって単なる夢ではなく、現実に手に入ると信じていた。

ある日、翔太はリーダーから新しいターゲットのリストを受け取った。リストには、年金生活をしている高齢者たちの名前や住所、電話番号が並んでいた。その中で特に目に留まったのは、80歳を超える一人暮らしの男性、田中一郎だった。翔太はすぐに電話をかける準備を整え、リストに記載されている情報を元に、田中に接触した。

「もしもし、田中さんでしょうか。こちら警察の生活安全課ですが…」

いつものように警察官を名乗り、偽の事件をでっち上げた。田中のキャッシュカードが偽造されており、犯罪に巻き込まれる可能性があると伝えた。そして、キャッシュカードを安全に保管するために警察が預かる必要があると説明し、田中の住所に警察官を派遣すると嘘をついた。

田中は最初こそ不安そうにしていたが、翔太の巧みな話術によって、次第にその言葉を信じ始めた。翔太は、田中がすっかり騙されているのを感じ取ると、内心で勝ち誇ったように笑った。

「やっぱり、俺って天才だよな」

そして、翔太は田中の家に向かった。そこには、すでに仲間が用意したスーツを着た男が待機していた。彼は偽の警察官として、田中のキャッシュカードを回収する役目を果たす予定だった。

田中の家に到着すると、翔太は玄関で待つ偽の警察官にキャッシュカードを渡すよう指示し、田中の反応を観察した。田中は混乱した様子で、それでも警察官を信じてキャッシュカードを手渡した。翔太はその様子を見ながら、自分の勝利を確信した。

「ありがとう、田中さん。これで安心です」

偽の警察官はそう言い残し、すぐにその場を去った。田中が再び不安に陥ることなく、すべてが順調に進んだことを確認した翔太は、ほっと胸を撫で下ろした。

その後、仲間たちは手に入れたキャッシュカードを使って、田中の口座から現金を引き出した。その額はおよそ300万円だった。翔太たちはその金を分け合い、夜通しで豪華なパーティーを開いた。金の音に酔いしれる彼らは、自分たちが成功者であると信じ込んでいた。

だが、田中はその夜、テレビのニュースで「特殊詐欺」の特集を見ていた。彼はそこで、自分がまさにその被害者であることに気づいた。だが、その時にはすでに手遅れだった。彼は愕然とし、自分の無力さに打ちのめされた。

その一方で、翔太はその事実を知らずに、自分の「善行」を誇りに思っていた。彼にとっては、田中の苦しみや悲しみはまったく関係のないことだった。

「俺が代わりに使ってやるから、ありがたく思えよ」

しかし、そんな翔太にも報いが訪れる時が来た。ある日、警察は彼の居場所を突き止め、グループ全体を一網打尽にした。翔太は逮捕され、全ての罪を認めざるを得なかった。

警察の取り調べで、翔太は自分の行為がどれだけの人々に傷を負わせたかを知ることになる。だが、それでも彼は最後まで、自分が「優しい人間」であったと信じ続けた。

「俺はただ、年寄りたちが無駄にしている金を活かしてやっただけだ。そう思わないか?」

だが、その言葉には、誰も共感しなかった。翔太の「優しさ」は、ただの自己満足でしかなかったのだ。そして、彼が与えた痛みや苦しみは、決して拭い去ることはできなかった。

翔太が出所するのは、まだ先の話だ。だが、彼が自分の行いを本当に反省し、他人の痛みを理解する日は来るのだろうか。それは、彼自身が向き合わなければならない課題である。
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