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春秋花壇

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頭痛の迷宮

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「頭痛の迷宮」

美奈子は37歳、二児の母で、フルタイムで働く会社員だ。日々のストレスと家庭の忙しさが重なり、月に一度か二度、頭痛が襲ってくることが増えていた。はじめは仕事中や家事の合間にこめかみがズキズキと痛む程度だったが、時間が経つにつれて痛みは強くなり、ついには目の奥まで響くような鈍い痛みに変わっていった。

「まあ、月に1、2回なら我慢できるかな……」と、美奈子は考え、市販の鎮痛薬を常備することにした。薬を飲むと痛みは一時的に和らぎ、再び仕事や育児に集中することができた。家族に迷惑をかけたくないという思いから、痛みを隠し続けた。

しかし、次第に頭痛の頻度が増えていった。週に一度は襲ってくるようになり、やがて2、3日に一度のペースになった。美奈子は不安を覚えたが、「疲れがたまっているだけ」と自分に言い聞かせ、市販の薬をさらに頼るようになった。だが、鎮痛薬を飲んでも痛みが消えないことが増え、痛み止めが効かない日も多くなっていった。

ある日、美奈子は朝起きた瞬間から頭が痛いことに気づいた。痛みは右側のこめかみから後頭部にかけて広がり、目を開けるのもつらい。仕事に行く準備をしていると、痛みはさらに強まり、吐き気まで感じるようになった。仕事に行けない、子どもたちの世話もままならない。焦りと苛立ちが募る中、美奈子はベッドに倒れ込んだ。

「こんな状態で毎日を乗り越えられるのか……」

頭痛が彼女の生活を支配し始めていた。痛みに耐えかねて再び薬を飲んだが、何度か繰り返しているうちに、それが頭痛を悪化させているのではないかという疑念が頭をよぎった。それでも、薬に頼らざるを得ない日々が続いた。

数週間後、美奈子は頭痛のせいで欠勤を繰り返すようになり、とうとう夫からも「病院に行って診てもらった方がいいんじゃないか」と言われた。だが、美奈子は「ただの頭痛だし、わざわざ病院に行くほどのことじゃない」と固辞していた。頭痛はさらに悪化し、仕事を終える頃には頭がガンガンと痛み、帰宅しても子どもたちの声すら耳障りに感じるほどだった。

「これってただの頭痛なの? それとも……」

インターネットで調べてみると、「慢性連日性頭痛」という言葉が目に飛び込んできた。症状の説明を読むうちに、美奈子の胸には言いようのない恐怖が広がった。月に15日以上の頭痛、鎮痛薬の過剰摂取が原因で頭痛が慢性化するケースがあるという。

「もしかして、私もこれ……?」

美奈子はついに病院に足を運ぶことを決意した。診察室で医師に症状を話すと、「慢性の片頭痛」「慢性の緊張型頭痛」「薬剤の使用過多による頭痛(薬物乱用頭痛)」の可能性があると告げられた。医師は丁寧に説明し、まずは薬の使用頻度を減らすことが第一歩だと言った。

「市販の鎮痛薬を1カ月に15日以上飲んでいますか?」医師の問いに、美奈子は少し戸惑いながら答えた。「多分、それ以上飲んでいると思います……」

その言葉に医師は静かに頷き、薬物乱用頭痛の可能性を指摘した。美奈子はショックを受けた。自分の体を守るために飲んでいた薬が、実は痛みを悪化させていたのだ。医師の指導に従い、まずは薬の使用を制限することから始めることになった。頭痛がひどくても薬に頼らず、生活習慣の改善やリラックス法を取り入れていく日々が始まった。

最初は薬に頼らない生活が苦痛で、頭痛の波に押し潰されそうになることもあったが、家族の支えと医師のアドバイスを受けながら、美奈子は少しずつ頭痛の頻度を減らすことに成功していった。仕事のストレスを減らすために早寝早起きを心がけ、適度な運動を取り入れたことで、次第に生活が安定していった。

数ヶ月後、美奈子は再び病院を訪れた。頭痛の頻度は大幅に減り、鎮痛薬を飲む必要もほとんどなくなっていた。「すごく良くなってきましたね」と医師が笑顔で言った。「これからも無理せず、体の声に耳を傾けてください」

美奈子は、もう一度新たな生活を始めることができたことに感謝した。頭痛が完全になくなる日はまだ遠いかもしれないが、少なくとも今は家族と共に、痛みのない日々を取り戻すために努力を続けている。何よりも、自分の体と向き合う勇気を持ったことで、美奈子は少しずつ前に進んでいる。

日常の中で感じるわずかな頭痛さえも、以前とは違った意味を持つようになった。頭痛はもう、美奈子の生活を支配するものではなく、自分の体が発する小さな警告として受け入れることができるようになったのだ。彼女はこれからも、頭痛と向き合いながら、日々の生活を大切に過ごしていくつもりだった。










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