生きる

春秋花壇

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「幸せかどうかが問題じゃない」

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「幸せかどうかが問題じゃない」

高橋美咲は、いつもの通り会社のオフィスで書類をめくりながらふとため息をついた。営業成績は好調で、周囲からの評価も悪くない。それなのに、美咲の胸には常に空虚感があった。日々の仕事に追われ、いつの間にか自分の望むものが何だったのかすらわからなくなっていた。

その日の昼休み、同僚の佐藤が話しかけてきた。彼女は最近、部署が変わったばかりで、周囲に馴染もうと必死だった。

「美咲さん、最近どうですか?仕事、大変そうですね」

美咲は笑顔を作りながら応じた。

「まあね、でも大丈夫よ。いつものことだし」

佐藤は少し躊躇したように見えたが、意を決して言葉を続けた。

「実は、ちょっと気になることがあって…美咲さんって、今幸せですか?」

突然の質問に美咲は驚いた。しばらく言葉が出ず、曖昧に笑ってごまかそうとしたが、佐藤の真剣な目に気づいて、少し戸惑った。

「幸せかどうか…」

美咲は自分に問いかけるように繰り返した。何度も自問自答してきた言葉だが、いつも明確な答えは出なかった。

「実は、あんまり考えたことないかも」

その言葉を聞いて、佐藤は小さくうなずいた。

「実は、私もそうでした。でも、最近ふと思ったんです。『幸せかどうかが問題じゃない』んじゃないかなって」

美咲は佐藤の言葉に耳を傾けた。それは、彼女の考えたこともない視点だった。

「どういうこと?」

佐藤は少し微笑んで、美咲に向き直った。

「私たちって、常に『幸せにならなきゃ』って思い込んでるじゃないですか。でも、幸せの定義って人それぞれで、必ずしも今の状況が幸せじゃなくても、それが悪いわけじゃないと思うんです」

佐藤の言葉は、美咲の心に静かに染み渡った。美咲は自分が求めているのは、社会が定めた「幸せ」なのか、それとも自分だけの「何か」なのか、考えさせられた。

その日の夜、美咲は家に帰ると、パソコンの電源を入れて、久しぶりに自分のために時間を使おうと決めた。彼女はかつて趣味で絵を描いていたが、仕事の忙しさにかまけてすっかりやめてしまっていた。

画面に向かい合うと、何を描くべきか迷ったが、少しずつ線を引き始めた。色を塗り、形を整えていくうちに、美咲の中に少しずつ何かが戻ってくるような気がした。それは、仕事とは無関係の、自分自身の喜びだった。

時間が過ぎるのも忘れて、気がつけば夜が更けていた。描き終わった絵は、完璧ではなかったが、どこか懐かしい温かさを感じさせるものだった。美咲はその絵を見て、ふと心が軽くなったことに気づいた。

翌日、仕事中に佐藤が声をかけてきた。

「美咲さん、昨日の話覚えてますか?」

美咲は笑ってうなずいた。

「うん、ありがとう。昨日、久しぶりに絵を描いてみたんだ。なんだかすごく気持ちが楽になったよ」

佐藤は嬉しそうに微笑んだ。

「それが大事なんじゃないかって思います。今が幸せかどうかってことよりも、自分がどうありたいか、何を感じたいかが大事なんじゃないかって」

美咲はその言葉に深く共感した。誰もが幸せを追い求めるが、その「幸せ」という言葉の意味は人それぞれだ。美咲にとっては、日々の仕事や社会的な評価ではなく、ただ自分がやりたいことを見つけ、それを楽しむことが重要だった。

それからの美咲は、少しずつ自分の時間を大切にするようになった。絵を描く時間を増やし、週末には新しいカフェや美術館に出かけるようになった。日々の忙しさの中で忘れていた自分自身を取り戻していくような感覚だった。

「幸せかどうかが問題じゃない」

その言葉は美咲にとって新しい人生の指針となった。今の自分が何を感じ、何を求めているのか。それを見つけることこそが、真の意味での「自分らしさ」なのだと気づいたのだ。

美咲はこれからもきっと悩むだろう。でも、それでいい。大切なのは、その悩みの中で自分を見つめ、自分らしい道を歩んでいくこと。そう思えるようになった美咲は、また新しい一歩を踏み出すことができた。日々の小さな選択の中に、自分だけの幸せを見つけるために。










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