ソロモン王の愛のものがたり

モリヤ山の宮殿

「モリヤ山の宮殿」

ソロモン王がエルサレムのモリヤ山に神殿を完成させた後、その近くに王宮の建設が始まった。豪奢な神殿の威光を保ちつつも、王宮は神殿よりも低い位置に造られた。それは、エホバの神への敬意を表すためだった。

王宮の建設には13年が費やされた。石の基礎から柱、天井に至るまで、緻密な工芸と設計が施され、建物は優雅さと堅牢さを兼ね備えていた。完成した王宮は壮麗で、その一角にある「王座の玄関」は、ソロモンが裁きを行うための場所であり、公正と知恵の象徴として人々の間で知られていた。

ある日、ソロモン王は「柱の玄関」に立ち、建設が進む周囲を見渡していた。彼の隣には、エジプトの王女であり彼の妻であるネフェルが控えていた。彼女はその美しい黒髪をゆるやかに結い上げ、黄金の装飾をまとっていた。

「立派な王宮ですね、ソロモン。」
ネフェルは微笑みながら、王の隣に立った。だがその笑みには、どこか影が差していた。

「君がここで快適に過ごせるよう、最善を尽くしたつもりだ。」
ソロモンは穏やかな声で応じたが、その目には深い思慮が宿っていた。

エジプトの王女として、ネフェルは幼い頃から豪奢な生活を送ってきた。しかし、イスラエルの地に来た彼女は、神殿の荘厳さとエホバへの崇拝に圧倒されていた。彼女は王宮内の一部に自らの家が建設されていることに感謝しつつも、ダビデ王の宮殿に住むことを許されなかった理由が心に引っかかっていた。

「ソロモン、私がダビデの宮に住めないのは、エホバの箱が置かれていたからでしょう？」
彼女の声には疑問と寂しさが混ざっていた。

「そうだ。」ソロモンは静かに答えた。「エホバの箱があった場所は聖なるものだ。そこに異国の神を崇拝してきた者が住むことはできない。」

その言葉にネフェルは眉をひそめたが、すぐにその顔を上げた。「私はあなたの神を侮るつもりはないわ。それに、ここで新しい生活を始める覚悟もできている。」

ソロモンは彼女をじっと見つめ、言葉を選ぶように口を開いた。「ネフェル、君がそのように思ってくれることは私にとって何よりも喜ばしい。だが、エホバへの忠誠は、我が国と民の繁栄の礎だ。私たちの結婚もまた、それを損なうものであってはならない。」

王宮が完成したある夜、ソロモンは「レバノンの森の家」と呼ばれる壮麗なホールにネフェルを招いた。その場所には、レバノン杉で造られた柱が整然と並び、神秘的な美しさを湛えていた。

「この場所は、エホバの創造の業を讃えるために造られたものだ。」
ソロモンが語ると、ネフェルは静かに耳を傾けた。

「あなたの神への思いは理解しているわ。だけど私は、あなたがどのようにこの国を治め、民に公正を与えているのか、その姿に感銘を受けています。」

ソロモンは彼女の言葉に微笑み、応じた。「君がそのように感じてくれるなら、それだけで私の努力は報われる。」

やがて、王宮はイスラエル全土から訪れる者たちの目に、神殿とともにエルサレムの象徴として映るようになった。ネフェルは王宮での生活に馴染みながらも、自らの役割を模索し続けた。彼女の心には、ソロモンが語った「忠誠」という言葉が深く刻まれていた。

そして彼女は、エホバへの信仰を持つ人々と共に生きる中で、自分もまた新たな道を歩む決意を固めていった。それは、エジプトで育まれた過去と、イスラエルで築く未来を繋ぐ架け橋のようなものだった。