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しおりを挟む僕が中1の時、両親はマンションを買った。
首都圏のベッドタウンに建てられた新築の3LDKマンション。
その隣の区分をナギさんが買ったことが、僕の運命を決めた。
今日は授業も3限まででバイトもサークルもないので、明るいうちに大学からまっすぐマンションに戻る。
エレベーターがフロアに到着したら廊下を進んだ。
目指すのは自宅じゃなくてその隣。
玄関ドアの目の前に立てばガチャリと鍵が開いた。
スマートキーではない。
ナギさんだ。
「ミーちゃん、おかえりなさい。」
穏やかな笑顔で出迎えてくれるので、
僕もただいまと笑って中に入る。
扉が閉まったら玄関先でナギさんが僕をぎゅっと抱きしめて肩口に顔を埋めた。
そのまますんすん匂いをチェックされるけど、いつもの事なので好きにさせておく。
ナギさんはスラリとして身長も180cmはあるので、170cmにやや届かない僕の体はナギさんですっぽり覆われている事だろう。
「……今日お友達とお昼食べたんだよね?」
どうやら他人の匂いを嗅ぎ取った様子。
「うん、次の文化祭で出す本の打ち合わせあって、サークルで。」
「本当?ミーちゃん浮気してないよね?」
「してないよ!GPSも見てるでしょ?通話だってずっと繋げてるし。」
ナギさんは心配性なので、僕が位置情報を常に共有して通話アプリを繋いでいないと仕事が手につかなくなってしまう。
ドン引きだよね。
「うん、知ってる。でも、ミーちゃんが今日会った誰かを可愛いとかかっこいいって思ったら、それって浮気だから心配で。」
「大丈夫だって……ぐえっ」
ナギさんが強い力で腹部を抱きしめてくるので思わず呻き声が出てしまった。
「うん、ミーちゃん大好き。」
「僕もナギさんのこと大好きだよ。」
負けずに僕もぎゅっと抱きしめ返した。
中1でこのマンションに越してきて初めてナギさんに会った時、僕は彼に一目惚れした。
ナギさんは本当に綺麗な人で、すでに売れっ子の小説家だった。
独身なのに僕ら家族と同じ間取りの3LDKの部屋を自宅兼仕事場として買って越してきたのだった。
住宅ローンを背負ってますます仕事が忙しくなった僕の両親。
その分1人になった僕の心を埋めてくれたのがナギさんだった。
学校が終わってナギさんの所に行くと、ナギさんはいつもベルを押す前にドアを開けて中に入れてくれた。
大人で優しくて博識なナギさんは僕の憧れで、ますます恋心は募っていった。
そんな中同じ職場で働く両親揃って海外転勤になった時も、日本に残りたい僕の身元引受人になってくれたのはナギさんだった。
通いたい高校があるなんて言い訳したけど、その実ナギさんと離れたくなかっただけだ。
それから猛勉強の末ナギさんと同じ有名私大に進学して、20歳になった時についに告白した。
告白は見事成功。
ナギさんも僕を一目見た時からずっと好きだったって聞いた時は本当に嬉しかった。
後で冷静に考えると初対面の時に僕が12歳でナギさんが35歳だったことは少し……だいぶ気になったけど大事なのはお互いの今の気持ちだ。うん。
そして、両思いになって初めて僕はナギさんがとてもヤバいストーカー野郎であったことを知った。
ナギさんは、僕と出会ってから7年の間、興信所をつけて僕の私生活を全て把握していたのだ。
文化祭とか、運動会とか、修学旅行とか、全部撮られていた。
これには大分驚いた……というか割と犯罪寄りで思わず口が引き攣ったけど、正直に白状してくれたなんてある意味誠実だと思い直した。
溜め込んだ隠し撮り写真を処分させるのは中々苦労したけど、どうにか僕が持ってる僕の写真全部と引き換えに捨てさせた。
ちょっと僕に対するムーブが気持ち悪いことくらい、ナギさんが好きだから僕は乗り越えられる。
一番参ったのは、僕に似せた特注のラブドールを持っていたことだ。
これには思わず泣いた。
そうしたらナギさんは慌てて、欲望に負けて作っちゃったけど罪悪感で結局使っていないと弁明した。
確かに、僕がどんなにお泊まりの時に布団に潜り込んでも風呂上がりに薄着でいてもナギさんは紳士だったので本当かもしれない。
でも、僕より先にあんな人形がナギさんに抱かれたかもしれないと思うとムカムカするのですぐに処分してもらった。
そんな色々があったのが大体3ヶ月前。
今も僕の両親は海外にいるから、僕たちはラブラブな同棲生活を満喫している。
今日は一緒にサブスクで映画見ようかな。
ナギさんも新作の入稿が終わったばかりで時間あるはずだから、いつもより長くイチャイチャできるかも!?
部屋着に着替えたあとリビングのソファに座り、55インチの画面で適当に新着タイトルを流し見していると、ナギさんがやってきた。
「ミーちゃん、このハンカチ、何?」
いつもより低い声にギクリとする。
手の中には血のシミがついたピンクのハンカチが握られている。
「あ、それは、えっと、借りて……」
ポケットに入れっぱなしにしていたのを忘れていた。
似たやつを買ったら捨てようと思っていたのに。
「うん、知ってるよ。今日打ち合わせで去年の冊子を見てる時に指先を紙で切っちゃって、同じサークルの綾瀬さんに借りたんだよね。」
ナギさんは全ての様子を通話を繋げたアプリ越しに聞いていたので、当然状況を把握していた。
「うん、だから汚しちゃったから新しいの買ってそれは捨てようと……」
「でもそれと俺たち2人の空間に他所の女の私物持ち込むのとは別問題だよね?」
ナギさんの怒りのオーラに冷や汗が出る。
普通の感覚で考えれば理不尽がすぎる怒りなんんだけど、ナギさんは僕のことが好き過ぎてちょっと頭がバグってるので仕方がないのだ。
「あっ、ごめん。もうしないよ。ね?」
「わかった。ミーちゃん、これ、要らないよね?」
「うっ、うん。」
「捨てるね?」
ナギさんは台所からキッチンバサミを持ってきて、ハンカチから僕の血がついた部分だけ切り取ると残りをジャキジャキと切り裂いてゴミ箱に捨てた。
「ナギさん、ごめん、ごめんね?」
「いいんだよ、ミーちゃんが分かってくれたから。仲直りしよっか?」
ナギさんは僕が座っているソファまで来て、僕のほほをするりと撫でた。
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