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しおりを挟む私が伝えると王は辛そうにぎゅっと目を細めた。
「どうして?やっぱりローズは僕を裏切ってクライセンについたの?誰かが言ってたんだ。ローズはツヴァイエルンを裏切ったから抵抗せず負けたんだって。でも、僕はそんな事ローズは絶対にしないって信じてる。」
「はい。私は裏切っておりません。あの戦は全力で戦っても勝てなかったでしょう。であれば、領民も部下もその血の一滴、髪の一筋だって王からお預かりしたもの。無為に傷付けるなど出来ようはずがありません。」
私が慰めるように王の頬を撫でると、王は目を伏せて手に擦り付けるように頭を揺らした。
ゴホッとアルドリッヒの咳払いが聞こえて我にかえる。
「ローズ、一緒に帰ろう?誰にもローズの悪口なんて言わせないから。僕がローズを守るよ。」
ぎゅうっと私に抱きついてくる王のいじらしさに胸がいっぱいになる。
幼い頃に先代が戦で亡くなってから、子供ながらに重責に耐える王をずっと支えてきたのだ。
何と頼もしくなったのだろう。
感慨深く背中を撫でると、ゴホゴホッとアルドリッヒがまた咳をした。
大丈夫だろうか。風邪でも引いたか?
「王よ、私のあなたへの忠誠は永遠です。しかし、私はもう今後はクライセンで暮らす事を決めました。祖国には戻らない覚悟です。」
「何で?一体どうしちゃったの、ローズ。」
王の目にみるみる涙が溜まっていく。
困ったな。契約の事は王に言えないし、なんと説明しよう。
その時、あの小説の最後の方でジャックの言ったセリフが頭に浮かんだ。
「私はもう、国には帰れません。あの方と離れられないのです。あの方が私に注いだたくさんの愛が私を変えました。今はあの方を深く愛しています。」
初めて読んだ時はこいつは快楽から離れられなくなっただけだし伯爵がこいつに注いだのは愛じゃなくて子種だろうがと思っていたが、何度か読むとまともな愛の告白に見えてくるものだ。
今は使わせてもらう事にする。
私が言うと、アルドリッヒが咽せたように激しく咳き込んだ。やっぱり風邪だろうか。
王は私の言葉が予想外だったのだろう。顔面蒼白の抜け殻のようになってローズが……僕のローズが……と呟きはじめた。
せっかく探しにきてくれた王の優しい気持ちを断るのは私も辛い。
そうしていると、アルドリッヒの後ろからバタバタと何人かの人がやってきた。クライセンの衛兵と、ツヴァイエルンで私の副官だったナタンだ。
「コンラート王、ロズベルト様!」
王を探しにきたのだろう。大股に駆け寄ると王の背後を守るように側に来た。
「ナタン、久しぶりだな。」
部下の息災そうな様子に破顔する。
騎士としては小柄で中性的な顔立ちの美人。まだ25歳と若いのに頭が恐ろしく切れる。将来の王の頼れる参謀だ。
「ええ、貴方がお元気そうで何よりです。王は一体どうされたのですか?」
「私が国に戻らないと言ったら……」
「ああ、なるほど。」
ナタンが納得顔で頷いて私を見た。
「ナタン、王を頼めるか?」
「御意。ロズベルト様、仔細は測りかねますが、何かご事情があるのでしょう?」
やはりナタンは話が早い。私は小さく頷いた。
すると綺麗な顔でにんまり笑う。
「結構でございます。見ようによっては貴方は私の上司でなくなり、このクソガキの横槍も入り辛くなるということ。」
ナタンの言葉が一瞬理解できなかった。
く、クソガキ?それはまさか王のことか……?
驚いている私の手を素早くナタンが掴み、自分の口元に寄せた。
指の先にベッタリと唇を押し付け、わざとらしいリップ音を立てて離れていく。
「……は?」
「必ず貴方を攫いに参りますよ。」
微笑むナタンを見つめ返しても混乱しかしない。
今までずっとナタンは部隊に欠かせない冷静な頭脳役で、私はそれに支えられてきた。私たちに上司と部下以上の間柄は無いはずだが?
部下に気を取られている間に、今度は何かが横から私の体を抱きすくめてくる。
「おい、あまり俺を舐めるなよ。」
低い声と匂いでそれがアルドリッヒだと把握した。
「ふふ、やはりね。卑怯な手を。」
ナタンの何かを心得たような反応。私が脅されてアルドリッヒの捕虜になった事を察したのかもしれない。
ということは、今のは彼の仕掛けた罠だったんだな。どうりで。
「衛兵!この二人を夜会会場までお連れしろ。俺は今日はもう休む。」
そう告げたアルドリッヒに抱き抱えられたまま部屋に連れ戻される。
ドアが閉まる間際にナタンがアルドリッヒを見ているのが視界に入ったが、その目が全く笑っていなかった。
あの顔をする時のナタンは腹の底から怒っていて、私でさえ少し機嫌を伺ってしまうくらい怖い。
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