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第38話 リンvsカルロ

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 リン視点

 仁が一人の騎士を相手にしているとき、こちらももう一人の騎士と向かい合っていた。

 目の前の男はカルロと名乗った。このカルロという男は余裕そうな目をしている。儂が見た限りでは、茶髪の男よりも強いように見える。それゆえ儂とフィリアという娘騎士で対処することに決めた。

 そして茶髪の男は仁に任せた。仁も消耗していたが、儂は仁を信じている。仁ならやってくれるだろう。それに最悪、耐えるだけでもいい。儂らがこのカルロという男を下せば、三対一の構図になるからだ。それに時間はこちらの味方である。セネクスという騎士やフィンという聖騎士も時間稼ぎをすれば援軍に来るだろう。

 だが安心や慢心は出来ない。儂らがこやつを倒せなければ、こやつの剣が仁に向く。そうなればこの戦いに敗れる。

 だがこちらの方が人数的には有利である。儂は片腕を飛ばされたが、娘騎士がいる。この娘騎士の実力は知らぬが、あの聖騎士のお供である。ならばやってもらわなければ困るというものだ。

「フィリアとやら、そなた騎士として当然まだやれるであろうな?」
「…当たり前よ!こいつを叩きのめしてやるわ」

 やる気はあるようで、剣を構えている。だがこちらは仁よりもかなり消耗しているように見えた。最初に見たときより、力強さがないように感じる。

「…そなた、本当にやれるのであろうな?儂らはそなたを守るために戦っておるのじゃぞ」
「わかってるわ!ただ仁と戦っているとき、すぐに終わらせようと思ったのに出来なかったの!仁が思ったよりもやるから、神性力を使い過ぎてしまったのよ」

 どうやらこの娘騎士は仁に短期決戦を仕掛けようとして、出来なかったらしい。おそらく仁が加護持ちというのを知らなかったからだろう。

「…このバカ者。それじゃあ、そなたは見た目通りの小娘同然ではないか!」
「うっさいわね!あなたみたいな少女に小娘なんて言われたくないのよ!それと人に向かってバカっていうのもどうなのよ!」

 少女は金髪を揺らし、堂々と言った。もしここに仁がいたなら、『それこそお前が言うな』と間違いなくツッコミが来ただろう。

「…まぁ、良い。とにかくこれで二対一じゃ。一応カルロとやらに言っておく。そなた降参する気はないか?人数的にそなたは不利じゃ!なんなら逃がしてやっても良いぞ?」
「…必要ない」

 男の態度は変わらない。

「バカね!あなたは一人なのよ。それにもうすぐ、きっとセネクスが来てくれるわ。そうなったらあなたは間違いなく終わりよ!今のうちに降参したら、少しはフィン姉様に取り合ってあげるわ」

 それに対し娘騎士が吠えた。この男は元々娘騎士を騙し討ちし、有利な二対一という状況でセネクスという騎士を仕留める計画をしていたはずである。

 こちらも消耗しているとはいえ、この男一人では分が悪いと思う。だから現状では諦めて逃げてもいいし、降参してもいい。まあこれだけの騒動を起こしたということは降参しても免職では済まないだろうが。

 だがカルロは剣を納めない。この男も降参など意味がないことを理解している。諦めるつもりがないことがわかった。代わりに懐からあるもの出す。

「フッ…」

 それは銀色の笛だった。カルロは少し先の未来を想像してか、楽しむように笛を吹く。辺りにきれいな音色が響いた。

 儂はその音色が耳に入ってきた瞬間、僅かに意識が持っていかれそうになる。それは一瞬のことであった。そしてバタッと人が倒れた。それは娘騎士であった。

「…これはいったいどういうことじゃ?」

 儂は動揺を隠せない。その音色を聞いた娘騎士が突然意識を失ったのである。

「フッ…、フハ、フハハハハハハ!」

 男は笑い始めた。まるでここからが自分のターンであるように。不利な状況におかれた自分の逆転劇が幕を開けたかのように。

「なぜそいつが倒れているのか、理解できないのだろう?当然だ。この笛は特別だからな」
「特別じゃと?」
「そうだ。お前も薄々わかっているのではないか?この世界で理不尽なことや常識で計れないことには大体神性力が関わっている。お前も聞いたことくらいあるのではないか?」

 聞いたことはあるし、知っている。なんせ儂は神だ。そしてこの現象に神性力が関わっているのであれば、可能性は二つ。

 一つはこやつの持つ笛に神が宿っている可能性。だがそれは否定してもいいと思える。儂のように宿る神は滅多に生まれない。こやつのような騎士が神の宿る笛を持っているとは考えにくい。

 そしてそうであればもう一つの可能性が答えである。

「…それは聖遺物なのじゃな」
「…正解だ!この笛は聴いた対象の意識を封印する。『眠りの笛』と呼ばれている聖遺物。この笛は扱うのに神性力が必要だが、その分効果は強い。この笛の音色を聴いた全てのものを眠らせることが出来るのだからな。横にパブロがいたときは奴も眠ってしまうため、使えなかった。だが今は違う。有効な範囲には俺とお前たちしかいない」

 それは実に強力な聖遺物である。こやつが特別だと言うことが理解出来た。

「どうだ?これで人数差はなくなったぞ?降参するか?逃げてもいいぞ?そいつを置いていくのであればな」
「この娘騎士をそなたのようなクズにやるつもりはない!」
「…そうか。だがまさかお前がこの笛の眠りに耐えるとはな」

 カルロは意外そうにした。確かに儂は眠っていない。

「全てのものを眠らせると言っておったな?…何で儂とそなたは眠っておらんのじゃ?」

 矛盾を指摘した。全てのものを眠らせる。ならば儂とこの笛を吹き、音色を聴いた本人が眠っていないのはおかしいことだ。

「フッ…、それはな。神性力で発動しているからだ。この笛の音色には神性力が混じっている。だが加護持ちは神性力を体内に持っている。ゆえに加護持ちはこの音色に乘った神性力だけ弾くことが出来る」
「…」

 それはつまりこやつも加護を受け、神性力を持っているということを表している。この国の騎士であれば、おそらく太陽神の加護であろう。

 だか同じ加護を持つ娘騎士が気を失っている。それはなぜか。

「…ふむ。ちなみにそこの娘騎士も加護持ちのはずじゃが?」
「ああ。そいつは加護持ちでも消耗していた。もう既に神性力を使い切っている。だからこの笛の音色に耐えられなかったのだろう」
「…なるほど。ちなみに起こす方法は?」
「簡単だ。そいつの神性力が回復するまで待つか、この笛を破壊すればいい」

 つまり時間を稼ぐ。もしくはこやつを倒せば良いということである。

「…それでそなたはそんなにペラペラと答えて良いのか?儂がその笛を破壊すれば、状況は元に戻るのじゃぞ?」
「フッ…、お前にそれが出来るのであればな。この聖遺物は神性力による攻撃じゃないと壊すことは不可能だ。お前はこの音色に耐えた。だからお前が神性力を持っているのは間違いない。だが果たしてお前の加護で武器に神性力を通せるのか?無理だろう」
「…」
「なぜなら、それが出来るならとっくに使っていたはずだ!セネクスとの戦いでな」

 この男はこの状況に酔っぱらっているかのように言ったが、それは事実だった。儂は理由があって武器に神性力を通さずに今まで戦っていた。聖遺物のことは良く知らなかったが、そのような性質があったとは…。神性力をぶつけないと壊せないというのは厄介である。

 だがこやつは儂が神性力を武器に通していないのを加護が弱いからだと思っているようだ。しかし実際は違う。

 武器に神性力を通せないのは、武器に問題があるからだ。儂が持つ槍は安物。神性力に対する耐性がない。この槍では神性力を通し続けると長時間持たない。それに儂は加護持ちでなく、神である。

「お前は武器を神性力で染めることは出来ない。俺はお前らを監視していたが、その様子はなかった。つまり、お前にこの笛は壊せないということだ」

 カルロは口角を上げたまま続けた。

「…そうか。じゃが、儂がその笛を壊せないからといって、そなたを倒すことが出来ないというわけではないと思うがのう」
「いいや、不可能だ。俺はな、加護は受けてたが弱い神性力しか得られなかった。だがその分技術を、経験を積んだ。俺が超えられなかったのは聖騎士どもだけだ。あいつらは俺とは違う特別な加護を持っていたからな」
「…つまり、武器に神性力を通すこともできない儂。そして神性力の弱いそなた。共に加護の厚さは同じくらい。じゃから儂は技術と経験で劣るそなたに負けると言いたいのじゃな?」
「その通りだ」
 
 カルロは理屈っぽくそう言った。確かに儂の見た目は少女だから、こやつがそう思うのも当然であった。

 「さあ、来るがいい」

 カルロはそういって構えた。剣を右手に、笛を左手に持って。

 どうやら儂が右腕しかないことを利用して、笛を盾に使おうとしているようだ。確かに笛が壊せない者には効果的である。

 儂そこに突っ込んだ。儂の槍はこやつに笛で弾かれる。当てつけのように。それを繰り返す。

「どうだ?壊せないだろう?」
「…」

 言葉を無視して、槍を払い続ける。

「フッ…。片腕でしか攻撃できないのであれば、それを弾くのも片腕で足りる」
「…」

 防がれても槍は止めない。まずこやつの言っていることが本当とは限らないからだ。だが笛は壊せないし、歪まないこともわかった。

「これで笛が壊せないことが理解できただろう。そろそろ俺もいくぞ」

 カルロはそう言うと、右手に持つ剣を振るために踏み込む。そして儂はここで少し戦いのリズムを加速させる。カルロは片腕で剣を持っているため、両手持ちより剣の動きが遅くなる。そこを狙うのだ。

 カルロに守りに入らせる。そのために突きを混ぜたり、細かい攻撃を繰り返した。しかし全て笛で受け止められ、防がれる。

「フハハ、無駄だとわかっていても足掻くか。やはりお前もガキだな」
 
 槍はカルロに届かない。

 儂は神性力を使って身体能力を上げているが、それはこやつも同じようだ。儂の速さについてくる。速さゆえの重さに耐えている。

 こやつの言う通り、神性力の量で聖騎士に及ばないのはお互い事実のようだ。今の儂もあのセネクスという騎士と刃を交え、神性力を多少使っている。消耗しているのだ。

 ふと仁の様子が気になり、後方をちらりと見る。どうやら仁も苦戦しているようだ。少しふらついている仁が視認できた。儂は自分のことを一度棚に上げて叫ぶ。

 自分にも活を入れるように。この状況を覆すために。不可能を貫くために。

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