上 下
27 / 40

第27話 この国の聖騎士

しおりを挟む
  僕たちは宿に帰り、そこで夕食を頂いた。この宿は『サルトスの宿』と呼ばれている。死神の使徒が滞在していただけあって、この町の中では高級な部類の宿である。清潔感があり、料理もおいしい。特別上品ではないが、下品でもない。その分値段も高い。だがその点は気にしなくてもいい。だってルイのおごりだから。僕は16歳の高校生の男。食べるときは食べるのである。
 食後三人でその場でまったりすると一人のエルフが現れる。緑に近い金髪に尖った耳、白に近い肌。そしてすらりとした細い体躯。澄んだグレーの目で周りを見渡している。彼女はこの宿の食堂に用意された小さな舞台に立ち、おじぎをする。彼女はその手にリュートを持っている。どうやらこれから彼女の演奏が始まるようだ。リンが周りに聞こえないような声でルイに話しかける。

「ルイ、彼女は誰じゃ?」
「彼女は吟遊詩人だよ。この宿の客の一人で宿泊費の代わりにここで毎晩演奏しているんだ」
「そうか。面白そうなじゃな」
「そうだね」

 僕も内心ワクワクして同意する。そして彼女は弾き始めた。それはどこかの町の英雄譚だったり、どこかの神の逸話だったりと知らないものばかり。だが彼女はきれいな歌声を持っていた。そして技術の高さを感じる演奏だった。しばらくして彼女は弾き終わり、その場にいた観客が拍手をした。そして最後に堂々と自己紹介した。

「私は旅の吟遊詩人。この場には初めましての方がいるので名乗らせてもらうよ。ぜひ私の名を覚えていってくれると嬉しい。私の名はクワーレリリ・ルシェーシ・スーソー・ゾーハン・オチガ・ブスカー・スユ・ポイスク・レイト・サーキ・クンハー…」
「…」

 名乗りが止まらない。彼女の演奏を初めて聞いた初対面の僕とリンはポカンとした。そして僕とリンは同時に声を上げる。

「長い!」
「長いわ!」

 この場にいる全員が同じことを思っただろう。彼女は僕たちの声が聞こえたのか、こちらを見て少し残念そうにした。

「…やはりそうか。ではリリと覚えて頂ければと。それでは今宵はここまで。また機会がありましたら、ぜひに」

 彼女はそう言ってこの場を閉める。他のテーブルに座っている客が渡したがっているチップを受け取る。そしてその後、こっちのテーブルへ歩いてきた。そして余っていた椅子に座り、口を開く。

「ルイと初めましての方たち、どうだったかな?私の演奏は?」
「良かったよ。さすがエルフだよね。聞くたびにボクの知らない歌が聞けるなんてすごいよ」

 ルイが彼女を手放しで褒める。どうやらルイと彼女は知り合いのようだ。

「そうだろう、そうだろう。では私にこの宿の食事、もしくはおひねりをくれ」

 彼女はルイの賞賛に素直に喜ぶといきなり要求を告げた。だがしかし僕とリンは金銭を持っていない。あげようとしてもあげられないのだ。するとリンがにやにやして、ルイを示しながら答える。

「確かにそなたの歌は素晴らしかった。じゃが、儂とこの仁は金を持ってない。ルイにねだったほうが良いぞ。なんせこやつは死神の使徒じゃからな。使徒として良いものを良いと言った以上、それなりの対応をしてくれるじゃろう」
「さすがルイ!ヌームスなんかとは違って懐が広いね!」
「リン…」

 ルイが勝手に言いたい放題言ったリンに対して悔しそうに唸る。そして諦めたのか溜息を吐いて、素直に食事を奢ることに決めた。それと彼女が言ったヌームスとは、ヌー爺さんのことかな。だとしたら懐が広いのではなく、財布の紐が緩いの間違いではないだろうか。

「今回だけだからね!ボクが出すのは!ここのご飯代は安くないんだから!」

 ルイがプリプリと怒った。僕は彼女の歌に少し感動していたので、彼女に食事で報いるのには内心賛成していた。だが僕も奢られている側なので飛び火しないように黙っていた。

「ありがとう。ルイのそういうところ嫌いじゃないよ。それとあなたたちが仁とリンか。よろしく頼む。改めて私の名はクワーレリリ・ルシェーシ・スーソー・ゾーハン・オチガ…」
「それはさっき聞いたわ!儂らはそなたが先程言ったようにリリと呼ばせてもらう。それで良いじゃろ?」
「そうか…」

 彼女は少し残念そうな顔になった。しかしどうすればあんな長い名前を覚えられるだろうか。僕には不可能だ。そしてそのことでルイに質問する。

「ルイ、彼女の名前が長いのは種族柄のことなの?」
「違うと思うよ。以前別のエルフに会ったときはもっと普通だったと思う」

 ではなぜ彼女の名前はこんなにも長いのだろうか。まぁいい。僕もおとなしくリリさんと呼ばせてもらおう。

「リリさんよろしくお願いします。僕は仁です」
「儂はリンじゃ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いする。あなたたちには会ってみたいと思っていた」
「僕たちを知っているんですか?」
「もちろん。ヌームスの副業にはお世話になっているから」
「副業?小銭稼ぎのことか?儂はそれこそがあやつの本業だと思っておったが」
「そんなことはないよ。彼は神父としての仕事も手を抜かずにやっている」
「そうか。だといいが」

 確かにヌー爺さんは金儲けが好きそうだから、本業に見えてしまう。だが仕事はきちんとやっていたようだ。そしてルイも一緒になってフォローした。

「リン、リリの言っていることは本当だよ。あんな性格だからボクもあまり会いたいとは思わないけど、彼は役目はきちんと果たしている。あんな性格だけどね」

 大事なことなので二回言った。僕はリリさんことが気になり質問する。

「リリさんはエルフなんですよね?失礼かもしれませんが、年齢とかお聞きしてもいいですか?」
「いいよ。ただ年齢はもう数えてないからわからない。それと仁はリンたちみたいに普通に話していい」

 覚えていないらしい。だが覚えていなくなるほど生きているということだろう。

「わかったよ。ちなみに旅の吟遊詩人だって言ってたよね?どれぐらい旅をしているの?」
「結構長いね。ちなみにルイと一緒に旅をしたこともあるよ」
「少しの間だけね」

 どうりでルイとリリは仲が良さそうである。あとエルフの言う『結構長い』とは、どれぐらいなんだろうか。気にはなったが、今度はリンが口を開く。

「ほう。旅をしているわりには武器を持っていないな。危険な目にあったりはせんのか?」
「私は足だけは速いから大丈夫なんだ」
「そうだね。リリは逃げ足だけは速いから。ボクらが旅をしているときは苦労したよ。逃げ足だけは速いから」

 大事なことなので二回言った。だが旅をしているうえで、逃げ足の速さは大事なことなのだろう。この世界にはモンスターもいるし、確信犯な使徒もいるし、少女の姿をした神もいる。何が起こるかわからないのだ。

 こうして僕たちは話をしながら、夜とともに僕らの仲を深めていった。そしてリリはお酒も頼み始めていた。ルイの財布の中身はそのお酒に溶けていき、リリは遠慮くなく飲み干した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

処理中です...