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第10話 一本分のショック

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「そんなことが…」

 僕は誤解していたのかもしれない。彼女は一人の少女のために戦った。数日分の食料だけを求め、初対面の人間の依頼を受けたのだ。そして依頼を果たし、村長たちに金を渡し、レナを気遣った。僕は村長のこの話を聞いてリンの慈悲深さを感じた。
 思えば僕のときもそうだったのではないだろうか。彼女はこの世界に来てすぐのとき、僕が起きるのを待っていてくれた。そして何もわからない僕に対して、彼女は僕の聞きたいことを優先して聞いてくれた。食料も分けてくれたし、見張りも一晩中してくれていた。
 リンは見た目は少女で、口調はじじぃ臭いが立派である。少なくとも僕よりは。僕は彼女のことを神だと信じるかどうか、ふざけて『彼女は神メーター』なんて揶揄やゆしていた。しかし彼女は本当に神なのかもしれない。信じていいのかもしれない。
 僕はリンの美談で村長と歓談して、村長がリンと僕を受け入れてくれる理由を知った。そして彼女がこの村を守ろうしている理由も。
 そのタイミングで家の扉が開いた。

「ママ!なんでリンちゃんが来てることをすぐ教えてくれなかったの?」
「まぁまぁ、良いではないか。別に意地悪で隠していたわけではないからな」
「もう!しょうがないんだから」

 扉からはプリプリと怒ったレオナさんと同じ髪色の少女と荷物を背負ったリン、そして槍を2本持ったレオナさんが入ってきた。

「レナ、お客様がお見えだぞ。仁様こちらがレナです。レナ、挨拶をしなさい」

 村長が柔らかい表情でたしなめ、僕にレナを紹介した。この子がレナか。リンよりも頭一つ分小さく、とても元気そうな子だった。レナを見る村長の目に宿る柔らかい光と名を呼ぶ暖かい声から、今現在もこの子が大切にされていることが伝わってきた。そしてそれに伴うリンへの感謝も。

「あ…。はじめまして。レナです。8歳です!」
「どうも初めまして、仁です」

 彼女はペコリと頭を下げると僕もそれにつられて頭を下げた。お互いにリンがいなかったら会うことのない二人であり、そう思うと不思議な縁である。

「リン様と仁様はお疲れのことでしょう。休める部屋をご案内します」
「部屋は以前借りたことのあるところかの?」
「ええ。そうです」
「なら、案内はいらん。行くぞ、仁」

 リンは歩き出した。

「えー!リンちゃんもう行っちゃうの?」
「レナ。わがままを言ってはいけませんよ。お二人は歩いてこの村に来られたばかりです。我々に気を遣わせていけません」
「はーい」

 不満そうなレナちゃんをレオナさんが叱る。リンはレオナさんが持っている槍を受け取り、僕らは彼らの言葉に甘えて部屋で休むことにした。そして部屋に入り、扉閉めてくつろぐ。

「仁。これから必要になるものを用意しておいた。受け取れ」
「え、うん」

 そう言って彼女はこの背負った荷物と槍一本を僕に渡した。槍を渡してきたということは、何かあったら僕にも戦えということだろうか。

「僕もこの槍で戦えばいいの?」
「そうだ。できるじゃろう。以前そなたが言っていたではないか。|じゃと。儂はその意味をきちんと理解しているぞ」

 リンはニヤッとした。そうかリンは気づいていたのか。僕が普通ではないことに。僕は体を動かすことは得意だ。特異なレベルで得意だ。どれぐらいかというと本気を出せば100m走のペースで1500m走れる。やろうと思えば100mの世界新記録を更新した状態で走り続け、1500mの世界新記録を更新できるぐらいだ。だから今まで全力で走ったことはあまりない。それをすると変に目立つし、なにより父に禁止されている。なので部活なども入ったことはない。手を抜けば僕の特異性はバレないだろうが、そんな生き方を父は許さなかった。

「そなたその身体能力は神性力があるゆえじゃ。それにそなた、武術を齧っているのではないか?そなたの手はそういう手をしている」
「!」

 まさかそれも気づかれていたとは驚きである。部活に入ることを許さなかった父は代わりに息抜きとして棒術を教えてくれた。『俺は棒を振り回すことは得意なんだ、がはは』と下ネタっぽいことを言って自慢していたが、僕は父の棒裁きを見て美しいと思った。なので、僕は父の教えを喜んで受け入れた。とはいえ父から教わったのは棒の扱い方や足運びなどの基礎だけだ。稽古はともかく、実戦や喧嘩すらしたことはない。

「それもお見通しですか。でも僕が使えるのは棒術で槍の使い方は教わってませんよ」
「ふむ。儂は棒術なぞ知らんが、扱い方は似たようなものじゃないのか?突いたり、叩いたり、払ったり」
「そうなのかな」

 確かに棒術で突いたり、叩いたり、払ったりしていた。案外似たようなものなのか。

 「だが一応練習だけはしておけ。この槍は数打ちの品じゃ。無理な使い方をすればすぐ壊れるかもしれん」
「わかった」
「あと着替えもしておけ。そなたの服装はこの世界には合わん。目立つだけじゃ」

 リンはそういって荷物の中からこの村の男性が来ているような衣服を出した。僕が今着ている物はTシャツとズボンである。さぞ目立つだろう。だが僕は少し葛藤する。この村の服を着るということはこの村の、ひいてはこの世界の一員になるような気がしたからである。僕はまだこの世界にいることが納得できているわけじゃない。むしろ帰れるなら帰りたいと思っている。なぜならこの世界で僕は生きる目的もなければ理由もないからだ。だがずっと同じ服を着ることはできないため、頂いた服と交互に着ることにしよう。
 彼女から衣服を受け取ると僕は一つ思い出したことを聞いた。

「そういえばさリン、森にいたとき僕に聞きたいことがあるって言ってなかった?」
「うむ。あのときはあったが今はもう良い。そなたの聞きたいことを聞いたら何も知らぬことがわかったからの。必要なくなったのじゃ」
「そうなんだ。あとさ、必要な物を集めてくるときに村長さんに何か渡してたけどあれは?」
「あれは小さい宝石をひとつくれてやったのじゃ。言ったであろう。準備をしてきたと。そのひとつじゃよ。あちらの世界の現金はこっちじゃ使えんからな。物資や金と交換できるようにするためいくつかの宝石を持ってきたんじゃ」

 そうなのか。準備がいいな。

「ちなみにさ、元の世界のものって他には持ってきてないの?」
「持ってきておらんな」

 持ってきてないのか…。それは残念である。元の世界の食べ物があれば、元の世界のことを思い出して、思い出に浸れたかもしれないのに。だがないものはないのだから、しょうがないことである。
 ってあれ?待てよ…。

「ねぇ、リン。僕が君に分けてもらった例の栄養補助食品ってさ4本入りだったよね?僕が洞窟の中に入った日に一本。次の朝君と僕で一本ずつ。あと一本ってどうしたの?」
「あぁ、あれはこの世界に着た直後に食った。神性力を使ったからの。儂は食い物から神性力を得て維持しとるから、回復のために食ったのじゃ」
「そうなんだ…」

 それじゃあ仕方ないのか。少し期待した分ショックを受けるのだった。軽くて重い例の栄養補助食品一本のショックを。
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