上 下
65 / 79
2部1章 再スタート

過去を忘れるなんて出来ない

しおりを挟む
「き、きき、キス、キス!」

「何焦ってんの? うける」

「だだだ、だって、えええ?」

「幼稚園の頃、私やあまねっちと散々してたじゃん」

「き、キスを? えええ? した? 嘘、いや、で、でも」

「そもそもマウスツーマウスはキスじゃないし、ノーカンノーカン」
 ケラケラと笑う夏樹、いや、でも……。
 
「だって、く、唇が、夏樹と」

「ああ、もう、そんなにちゃんとしたいなら、してあげようか?! ホレホレ」
 笑顔で口を尖らせる夏樹に、その顔に僕は思わずドキッとしてしまう。

 夏樹となら一緒に風呂に入ってもなんとも思わない……って思っていたのに……一体なんなんだ? 

「し、しねえよ! わ、わかった、ノーカンな」

「あら? しないんだ残念」
 ベッドの脇に座り寝ている僕をニヤニヤと笑いながら見つめる夏樹……。
 ずっと夏樹に憧れていた。子供の頃飛ぶように走る夏樹に追い付きたいってずっと思っていた。
 でももう夏樹に追い付く事は出来ない。

「それと、その……ごめん」
 酸欠でクラクラする頭を振りながらのそのそとベッドから身体を起こす。
 そして、ベッドの縁に腰かけて、床に座る夏樹に向かい合った。

 妹と同じくらい一緒にいた。ずっとずっと一緒にいたのに、何故か夏樹の事が頭からすっぽり抜け落ちていた。
 忘れていたわけじゃない……ただ何故か考えない様にしていた。

「そうよ、私の存在を忘れるとか、無いよね?」

「うん……ごめん」

「──えっと、じゃあねえ、お詫びとしてーー、またマッサージして貰おうかなあ?」
 さっきまでの威勢はどこへやら、夏樹は突然顔を赤らめ僕から目を反らしながらそう言った。

 でも……僕は今日マッサージの道具を持って来なかった。
 
「あ、あのさ……もうやめようかなって……」

「え?」

「昨日で全部終わりにしようって……そう思って走ったんだ……だから、もう振り返るような事はしないって、もう過去は見ないって……」
 そう……僕はもう過去を見ない、過去に振り回されない……これからは前を向いて、前だけを見てってそう決めた。

「…………あ、あはははははは」

「え?」

「あははははははははは、うける~~今までかーくんの冗談一杯聞いてきたけど、最高に笑える~~あはははははははは」
 床に倒れ腹を抱えて大笑いする夏樹……どうでもいいけどパンツが見えてるぞ……。

「な、なんだよお」
 そんなにおかしな事言ってる? あれだけ悩み考えて出した結論、そして昨日僕は命懸けで最後の走りを皆に見せた。
 今の僕を見て貰いたくて……。

「だ、だって、か、過去は見ないって、そんな事出来るわけないのに、あっははははははは」

「──え?」

「あははは、ば、バカね、人は過去から逃れる事なんて出来ないの、赤ん坊にでも生まれ変わるつもり?」

「赤ん坊って」

「いくら振り返らないって言っても、結局過去は付きまとう、あまねっちも、私も、会長さんも、白浜さんも、皆かーくんの過去を知ってる、かーくんのその足だって、これから一生付きまとうんだよ? それを見ないって、そんな事できると思う?」
 夏樹は涙を拭きながらゆっくりと起き上がると僕の膝の上に頭を乗せ僕を見上げた。

「じゃ、じゃあ……僕のやった事は無駄って事なの?」

「ううん、そうじゃない、あれは必要だったと思うケジメとしてね……かーくんが言うように過去ばかり見るのも駄目だって私も思う、かといって過去を振り返らないってのも駄目……人生って道なんだよ、過去から現在、そして未来へと続いているの、でもね、未来への道って誰にもわからない、だから今まで通ってきた道を確認しながら、先を予想して歩いていくって事だと思うの」

「道……」
 
「そしてその道を、私は今までかーくんと一緒に歩いて来たの……そしてこれからも一緒に歩いて行きたいって思ってる……だから……生きていてくれてありがとう……だってずっと一緒に歩いて来たんだもん、これから一人で歩くのは寂しいよ……」
 夏樹は僕を見て天使の様に笑った。
 そしてその顔を見て、僕は思った。
 夏樹の事を思い出さない様にしていたのは、自分が過去に捕らわれていたから、過去にこだわっていたから。
 僕の過去をほぼ全部知っている唯一の他人……妹とは血で繋がっている……夏樹とは過去で繋がっている。

 だから僕は切ろうとした、夏樹共々過去を切ろうとしたんだ。

 でもそんな事は出来ない、出来るわけがない……。
 今この瞬間も過去は出来ているのだから……。
 
「うん……僕も寂しい……」
 僕はそう言って夏樹のふわふわとした髪を撫でた。
 夏樹は猫の様に目を細め、気持ち良さそうに黙ってずっと僕に撫でられ続けていた。


 僕はずっと夏樹を追いかけていた。
 だからもう追えないって、もう走れないって思った時夏樹を切ろうってそう思ったんだ。

 でも夏樹は違っていた。
 ずっと僕と一緒に歩いているって思ってくれていた。
 そしてこれからも一緒に歩いて行きたいって、そう言ってくれた。

 僕と一緒に過去を背負って歩いてくれるって……夏樹はそう、言ってくれた。

 僕はその夏樹の言葉を心から嬉しいって……そう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

泥々の川

フロイライン
恋愛
昭和四十九年大阪 中学三年の友谷袮留は、劣悪な家庭環境の中にありながら前向きに生きていた。 しかし、ろくでなしの父親誠の犠牲となり、ささやかな幸せさえも奪われてしまう。

処理中です...