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綾波明日菜の正体
張り詰めた糸
しおりを挟む「雪乃がそう言ったんですか?」
俺は赤羽橋先輩に向かって真剣な顔でそう言った。
「ん? 言わないわよ、あの娘は何も言わない……貴方は知ってるでしょ?」
「──じゃ、じゃあ何で……」
「見りゃわかるわよ、そもそもあの娘がいくつもの事に本気になるわけないんだから」
赤羽橋先輩はケラケラと笑いながら俺にそう言った。
「──本気……」
「そうよ、貴方幼なじみよね? この間草刈がそう言ってたけど」
「あ、はい……」
「……あの娘は今迷ってるのよ……このまま陸上を続けるかどうかをね」
「……え?」
迷っている? 辞めるって事か? まさか……そんな……。
「──私に似てるからねえ、色々と……」
まあ、赤羽橋先輩も可愛い部類の入るけど、雪乃と比べるとって……まあ、そう意味じゃないだろう……雪乃の憧れの先輩……そうだ言えばフォームとかも真似してるって言ってた。
「いや、それがどうして……辞めるに?」
俺がそう言うと、赤羽橋先輩ゆっくりと足を踏み出し俺の隣に並ぶ。そして遠くにいる雪乃達を見つめたまま、少し考える様に間を開けてから言った。
「──あの子はね、私と同じ一般入試だからね、体育推薦で入ったわけじゃない」
「え?!」
「ふーーん、一応彼氏なのに何にも知らないんだあ、あはは」
先輩は雪乃よりも低い身長、Tシャツの袖を片迄捲っている。黒く焼けた肩は少し皮が剥けて赤くなっている。
「いや、推薦って言ってたからてっきり……」
体育推薦と学業推薦があり、体育推薦でもうちの学校場合はある程度の学力も必要。
体育科があるわけではないので、当然ついていけなくなり進級出来なくなってしまう。
「まあ、貴方もうちの学校に入ったんだからわかると思うけど、相当大変よ、部活と勉強の両立は……しかもウチの推薦取るには中学の時にずっとトップクラスにいないといけない、それで部活でも全国クラスの成績を残してるってのは相当だからねえ……」
「ま、まあ……でもそれは雪乃だから……」
あいつは天才だから……何でもこなす天才……いや、違う……あいつは……普通だった……子供の頃は普通のヤツだった。
じゃあ……雪乃は……。
「涼しい顔してるけど……必死なのよ……白鳥は水面下では必死に足を動かしているって奴よ」
「でも──何でそこまで……」
なんでそこまで必死になっているんだ……って、そりゃ夢を追いかけているんだから皆必死になるのはわかる……あやぽんだってそうだ……。
じゃあ……俺は?
「誰かさんに認めて貰いたいんじゃないの?」
「誰かって?」
「さあねえ~~まあでも……遂に張り詰めていた緊張の糸が切れたのかしらね、まさか全中3位が予選落ちとはねえ……」
「え?」
「知らないんだ……あの娘、インハイ予選でいきなりバー落として記録なしだったのよ?」
「え?!……ま、まさか」
記録なし? 雪乃の高校デビュー戦が……記録なし?
「しかも学内予選で私を蹴落として出場して……それだったから、さすがのあの娘も気にしちゃってねえ……」
寂しそうに雪乃達を見つめる先輩……そうか……だからこの人は練習に参加しないでここに居るんだ……と、俺はそれを悟った。
「周囲に気ばかり使って……態度や顔には出さない様にしてるけど……かなり落ち込んでたみたい……私の前ではさすがに隠しきれなかったみたいね。まあ、当たり前か……。しかもその直後に彼氏がいるって言い出して……当然何かあるなってね」
寂しそうに笑う赤羽橋先輩……俺はそれを、インハイ予選の事を知らなかった……あの事件から雪乃に関わらない様にしていたから……。
「それで……なのか……」
雪乃が最近色々とおかしかった原因が……わかった。
「だから私に似てるってね……ハイジャンプって競技は常に緊張の糸が張っている競技だから……助走、踏み切り、空中姿勢、足の抜き、着地……一つのミスも許されない……しかも高校になると途端に大きな選手だらけになって……びっくりしちゃうのよね……」
「だから種目転向って……言ってたのか」
今になってわかった……雪乃の様子がおかしかった理由が……そして突然俺に彼氏の振りをしろと言った理由も……恐らくはそのせいなんだろう。
「私が言ったのよ……今なら間に合うって……私のようになる前にって……」
「──先輩の様に?」
「中学迄は通用したのにねえ、結局3年間で私の記録は1mmも伸びなかった……それどころか、落ちていく一方で……」
「──そう……ですか」
「ライバルに全員に抜かれて、キツかったなあ、最後は1年に迄抜かれて……まあ、そう言う競技なのよ、短距離もそうだけどね、持って生まれた才能……」
「…………」
「多分……あの娘は……転向するくらいなら……辞めるわね……体育推薦じゃないしね」
遠くで動き回る雪乃見つめてそう言った。
「で、でも先輩は辞めなかったんですよね? それは何で?」
「……さあ? 何でだろうね……まあ、意地かなぁ?」
「──じゃあ雪乃だって……」
「ふーーん……辞めて欲しくは、ないんだ」
「そりゃ」
「なぜ?」
「なぜ……って……」
赤羽橋先輩にそう言われ俺は考えてしまった。なぜ雪乃に陸上を辞めて欲しくないのか?
「辞めれば時間が出来るわよ? 貴方との時間も……もしあの娘が陸上よりも恋愛に夢中になったら、一応でも彼氏の貴方にとって良いことばかりなんじゃないの?」
「そ……そんな」
そんな後ろ向きな理由で……いや、そもそも俺は雪乃の正式な彼氏じゃない……ただの振り……ただの幼なじみ……。
仮に雪乃の一番が陸上じゃなくなっても、俺が1番になるわけじゃない……。
「まあ……まだ決まったわけじゃないしね、それを決めるのはあの娘、でも……3年間って短いわよ……」
「──先輩は……後悔してるんですか?」
辞めなかった事に、諦められなかった事に……。
「……さあね……そんなの今はわからない……後悔なんて……そんなもんでしょ?」
赤羽橋先輩は俺を見てニッコリと笑った……その笑顔は……確かに似ていた……雪乃の笑い方に……外面だけの笑顔……。
「さて、そろそろ行かないと……一応コーチ代理でここに来ているからねえ……貴方はどうする? 一応午後からは跳ぶわよ」
「……俺は……帰ります、やっぱり雪乃は競技場で跳んでこそ……だって……思うから」
そう……何度も見てきた……でもやはり練習よりも、競技場で……試合で跳んでいる雪乃の方が美しいって……俺はそう思った。それに……やはり今、俺は綾波が……気になっているから……。
「そ、じゃあ……ね」
「はい……あの!」
「……ん?」
「雪乃は辞めませんよ……俺は雪乃をずっと見てきたので……それだけはわかります……貴女に似ているから……」
「フフ……成る程ね」
「何がです?」
「いいえ、べっつにい~~じゃあね~~」
赤羽橋先輩はそう言って雪乃達の方に向かって歩きながら俺を見ずに手を振った。
帰ろう……帰って綾波に会おう…そうすれば色々とはっきりする気がする。
雪乃を見つめながら……楽しそうに練習する雪乃を見ながら……俺はそう思っていた。
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