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19 聖パトリシアの祝日

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 翌朝ロッティは何事もなく起こしに来て、サイラスを見ても朝ですよぉ~としか言わなかった。さすが王宮のメイドさん。

「殿下の本日のお着替えはこちらに。お部屋にお戻りになりますか?」
「いや、このまま食堂にティナと行く」
「かしこまりました。ではお支度をこちらで」
「ああ」

 サイラスは先に起きて支度すると寝室を出て行った。なにか変な感じはするけど、こんなことが歴代あるのかふたりともさも当然そう。
 まあいいやと起きると下着だけ。あれ?服を着なかったかな?と思ったけどまあいいと、ベッドに用意されてるガウンを羽織った。

「すごいキスマーク……」

 どうしたこれ?と姿見に移動してガウンを脱いで全身を見る。服を着たら見えない場所にはくまなく……胸は特に。なんだか不思議だった。私は一応大人に、本当の意味で大人になったんだなあ。悲しいことに抱かれても中身の変化はないけど。

「さて、今日は初めて着たドレスと同じ色にしようかな。気分だけでも大人のスタート位置に着いたと実感しよ」

 深いグリーンのドレスを壁の棚から引き出した。はじめのドレスはレンタルだったから同じものではないけど。でもとても似合ってると自分でも思えたからこの色のドレスは増えた。とてもお気に入りのドレスの色なの。そしてブローチは彼の瞳の色の青の石がついたお花のブローチをチョイス。もう、私は彼のもの。彼のものにしてもらわなければ困る。だから、彼の婚約者だと今日だけはアピールする。そうしたい気分なの。

「お待たせしました姫様。あらご自分で?」
「ええ。なんとなくこれが着たかったの」

 ドレスに袖を通しているとロッティが戻ってきた。

「ふふっはい。ではドレスを整えましたら御髪おぐしをセットしましょう」
「はい」

 そして全て初日の姿にしてもらい寝室を出る。サイラスは私を見てほう……と声を上げた。

「美しい。あのころとは違う洗練された美しさがある。そして色気もな」
「ありがと」
「だがなぜそのドレス?」
「大人になったから……かな?初心を忘れずと言うか」

 ふふっとサイラスは微笑んで、君のそんなところが好きだよって。心機一転俺の妻になる覚悟が定まったいい顔だ。キスしてと言われ抱きつくとふわっと唇が重なる。

「その俺を求める顔はいい。やはり君はなにかを経験すると急に成長するようだな」
「ごめんなさい……ようりょ…ンッわる……あっンッ……」
「知ってる」

 昨日の体の熱が取れないのかキスしたら止まらない。首に腕を回しさらに抱きついてしまった。

「嬉しいが……したいのなら飯の後な」
「へ?ハッ」

 その言葉に我に返る。どうしたの私こんな……真っ赤になって俯いた。どうしてこんなことしてるの?腰もあそこもまだ彼がいるような感じなのに、さらに求めるなんて。甘えたい気持ちが。

「はじめての欲に理解が追いつかない?」
「はい……」

 この欲はどこから?彼に触れていたいの。ずっと触れていたいくて堪らない。胸がザワザワする。

「俺を愛してる?」
「はい」
「俺もだし、したい」
「はい……え?」

 顔を上げたらバカだなあと額にチュッとされた。

「俺はティナが側近になった頃から今の君の気持ちだった。どれだけ辛かったか分かる?」
「へ?……えっと……ごめんなさい」
「分かればよろしい。さあ飯だ」
「はい」

 部屋を出て広いロビーを抜けて廊下に出る。扉を抜けると当然のようにジョンとキリクのふたりがいる。キリクは殿下の専属の護衛なの。

「おはようございます。珍しく本日は一緒なのですね。待ち合わせでもされてたのですか?」
「へ?……は…い……」

 彼らは察しているのか少しニヤついている。もう!恥ずかしくて彼らの顔が見られない。殿下がふたりを見るとそれ以上は突っ込んでこなかった。

「本日はお休みです。どうされますか?」
「ああ、食後一度部屋に戻る」
「かしこまりました」

 四人でスタスタとひと気の少ない廊下を歩く。お休みの日は登庁してる文官は少ない。城に住み込みや近くの者くらい。靴音を響かせながら……なぜあなたもこちらへ?

「いや、たまには朝一緒でもいいでしょ」
「はい」

 そして食堂に入ると三人はおらず私たちだけ。そりゃそうか。みんな自宅に帰ってるもの。

「だからね」
「ふふっはい」

 ふたりでゆっくり食べて殿下の部屋に向かう。私たち側近のホールにある大きな扉。この奥が王族のお部屋が連なるんだけどね。王様のご夫婦は最奥にある。だから王族だけの食堂はその扉の奥にあり、私ら側近のはこのホールを出て廊下の途中に食堂がある。ちなみに普通の城勤めの者の食堂は西側の棟にある。王族、その関係者は北に伸びる棟に集約されているの。そこからまたたくさんの廊下で繋がれて王族の施設がある。奥に行けば行くほど身分は高くなるような作りと聞いている。

「なにしようか」
「殿下は式典は出ませんもんね」
「行ってもいいんだが、あれは王や父上たちの仕事だ。代替わりするまでは出る気はない。行ってるの王太子夫婦だけでしょ。それに俺は信心深くもない」
「ふふっでしょうね。あなたはご自分で切り開くお人ですから」
「おう」

 なら遠駆けにでも行くか?と言われたけど、乗れるけどたしなみ程度ですよ?それにずっと馬には乗ってないし。

「構わん。敷地内を散歩しよう」
「はい」

 民で言うデートかな?貴族はその習慣がない。というより、婚約中に一緒にいることが稀なのよね。普通は結婚式まで会わないか、たまにどちらかのお家に出向くのみ。いつも一緒にいれることが珍しいことなの。そんなことを思いながら厩舎に向かい、殿下は自分の黒い馬に乗り、私にはいないから選んでもらう。

「この子は誰でも乗せますから姫様でも大丈夫ですよ」
「ではその子でお願いします」

 選んでもらった馬は私を一瞥すると無になった。ほほん。見た目は王宮の馬だと感心するくらいよく手入れされて毛艶もいい。あなたは人に興味がないから誰でも乗せるのね?そう言いながら頬を撫でるとジロッと私を見る。そして、ブルルと鼻を鳴らし視線が外れる。

「この子は以前第一王女のミリガン様の愛馬で、他国に嫁がれましたので置いていったんですよ」
「あー……寂しくてこんな態度なのか」
「たぶん。いつか姫が来てくれると信じてる。でも寂しくて誰でも乗せるのかもしれませんね」

 お前かわいそうにね。ミリガン様帰ってこないからなあ。他国の王太子に嫁がれたから、年に一度も帰ってこない。ここ数年でも二回くらい。寂しいねえって撫でるとブルルッと答えるように鼻を鳴らす。

「私じゃもの足りないだろうけどよろしくね」

 なんの反応もなく乗せてくれてカポカポ出発。いい天気で気持ちのいい風が吹く。祝典日和ね。雨の日とかはこの季節は肌寒くて辛いもの。

「まあな。パトリシア様は聖女だ。この国の善意の塊と言われている人の祝典。この日くらいはいい人になりたくもなるもんだ」
「ええ。王妃なのに民と触れ合い、民を庇って亡くなられた。とても勇敢で優しいお方です」
「国の守護聖人として文句のないお方だよ」

 建国から間もない頃の王妃で、まだ国も小さく王や貴族と民が近かった時代の方。視察中に咄嗟に動いたらしく、荷馬車に轢かれそうな子どもを庇ったそうだ。その庇われた子がパトリシア様を祀り、聖人にまで押し上げた。小さな祠を祀り石像を作る資金を小遣いから溜めて制作。地道な活動に賛同者が増えた。彼は生涯を捧げ感謝の気持ちをみなに伝えた。そのうち国が動くまでになり、初代の王様と共にパトリシア様は愛されている。

「でもさ。その司祭のしてることって個人的な供養だよな」
「まあ……それ言っちゃダメでしょ」
「うん」

 感謝の気持だけど宗教になり今に伝わる。供養であろうと民を救った英雄だもの。その名にふさわしいと私は思う。ね?と見つめると、

「俺が馬車の前に立つなら君だけだ。たとえ我が子でも立ちはしない」
「はい?」
「俺は君だけでいい」
「え?」

 あらら。これはどういうことだろう。自分の血を引いた子はかわいくないのか?と問えば、

「かわいいよたぶん。でも君より大切じゃない」
「ふあ?」
「ふふっ」

 カポカポと林の中を抜ける。王城の敷地は広く、あちこちにポツポツと建物がある。その建物は本来の省庁の建物で、戦時中で城にまとめただけ。今は少しずつ帰還しているから、こんな休みの日は木箱をたくさん積んだ引っ越しの荷馬車を見かける。

「城も人が減るな」
「ええ。今がいすぎなんですよ。じゃなくて」
「俺は器用ではない。愛するものは唯一人だ」
「はあ……さようで」

 小さな池の前に来て馬から降りた。ここは薬草園の近くで水草の研究にも使われている。でも、憩いの場でもあり、ベンチが設置されている。並んで座ると肩に腕が回り、護衛は見えない位置に下がる。静かに池を眺めていると、

「俺の母は俺を愛さなかった」
「え?」
「聞いてないか?」
「あー……薄っすらですかね」

 政略結婚で父親を愛してはいなかった。好きな人が別にいて、今はその人と郊外の別荘に住んでいると聞いている。父親は必要な分の子を産んだら去るがいいと、手放したそうだ。

「今は側室の方が繰り上がり妃殿下として隣にいる。この方は俺たち兄妹にも親切で、優しく育ててくれた。クリスティ様が俺たちの母上だ」
「そうでしたか」

 王族はドロドロしてるとは知っていたけど、殿下もか。さぞかし辛かったのだろうと言うと、

「そうでもない。今の母はそれはよく出来た方で、俺と妹たちを実子と分け隔てなく大切にしてくれた。だが、やはり実子のようには甘えられなかったかな。その寂しさは正直ある」
「そっか」

 だから妻選びは自分を心から愛してくれる人を見つけたかった。俺のやることに肯定的でついてきてくれる人をなって。それが君だと。

「重い……ですが……」
「これは俺の気持ちで君に押し付ける気はない。ティナはティナのままでいてくれ」
「それでいいの?」
「ああ。俺は満足だ」

 目の前の池の蓮の間をスーッとカエルが泳いでいく。小鳥のチチチッと鳴く声がしてサァーっと風が吹き抜けると、殿下の長い髪が風に流れる。

「あなたのお役に立てますようにと、パトリシア様にここで祈ります」
「ああ」

 ただ陽だまりの中ふたりでいるだけ。でもとてもいい時間だ。会話などなくてもこの胸に抱かれているだけで満足と思えた。

「キスして」
「え?ここで?」
「誰もいないよ?」
「まあ」

 そっと唇に触れると頭を捕まれ激しく求めてくる。どうしたサイラス?

「君が愛しくておかしくなりそうだ。心が通じ合った今、君を失うかもと思うと不安になる。パトリシア様のようなことを君がしたら俺は生きていられない」
「あっんんっそん……あっプハッそんなことしません。我が子やあなたでなければね」
「うん。信じてるから裏切るな」
「はい」

 腕で押して離れたのにまた強く抱かれ食べられるの?と思うくらい激しく……あ…もうダメ……頭ふわふわする。気持ちい……ンッ

「一度すると止まらん」
「あ、う……もっと……」

 え?なに言ってんの?キスの合間の吐息にゾクゾクして、回してた腕がポトリと落ちた。もう力はいんない。

「ティナ?」
「ハァハァ……気持ちよくて……あ、ん…」
「ごめん。やりすぎた」
「あなたのキスダメかも……力ぬけ…る」

 俺の姫は体の相性もいいようだ。これは嬉しいなあって。君が年取っても抱くから覚悟しろよって。うんとぼんやりした頭で答えた。優しい笑みにエッチな気分とは違う、胸に暖かなものが溢れた。


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