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前編 ラセイネイ王国編

8 仕事始め

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 呆然としてても仕方ない。気を取り直して書類を読み込む。ここにある書類には民の苦悩と、それを何とかしたいという国の意向が見える。領民の一部は、国はなにもしてくれないと言ってたけど(私の説明がマズいとも言う)結構してくれている。ただ、実感として感じられないだけなのよね。そんなことを質問の間に挟むと、そうだろうなあって。目に見える人は領主やギルドとの関わりがある人だけだろうと。領地はどこも同じだよと、う~んと伸びをした。

「俺の軍事の管轄は東だった。砦は今ボロボロで見張りを常駐させているがほぼテント暮らし。風呂もない」
「そんななのですか」
「ああ、半年やそこらで復旧しないさ。魔法省は万能じゃないし、人力はたかが知れてる」

 この世界には魔法と呼ばれるものがある。でもそれは民の言葉であって、きちんとした術式があって誰でも使えるものと言われている。ただし、誰でも使えるといっても難しく、才能必須で使える人は限られている。なにより問題は、その術式の原理を頭でも感覚でも理解しなくてはならない。出来ないってのが普通の人。(燃焼、蒸発、組成、大気の移動などの理解がまず必要で、なくても出来る人は感覚で理解しているから。使える人は生まれつき何かある人なのだッ)でも火をつけるくらいの人は割といる。

 街に少しなら理解出来るって人が医者や薬師になっていて、薬局や病院を経営している。術者は貴重な人材で、城には魔法省がこじんまりとある。こじんまりなのは才能がある人が少ないから。魔術学園なるものも王都にも各地の領地にもある。身分を問わないと通年募集してるけど生徒はなかなか集まらない。今回の戦で大部分の術者は亡くなった。もう大損失。ちなみに私は……おほほっ

「今いる術者を派遣は出来ないのですか?そうしたらお風呂も火も困らないのでは?」
「偏った術、威力の弱い者も含めて、術者はもう百人いないんだよ。騎士は火を使える者が多いから煮炊きは困らんさ」

 うそ……術者はもっといたと思いましたが?と問えば、

「戦闘に向くとか、派手な術が使える魔法使いレベルは貴重な人材となった。高位の術者は少なく、砦を直すとか難しい病を治療出来る者は少ない。前みたいに気軽に派遣なんて出来なんだよ」

 マ、マジですか?どれだけの人的損害が出たの。私には想像もつかないことが起きてた。それを立て直す?戦前まで戻すにはどれだけの時間とお金が必要なのだろう。術者は簡単には見つからないし。

「あまり目の前の書類に感情移入するな。心がやられる。一歩引いて俯瞰ふかんしろ」
「はい」

 そうよねと書類に目を落とす。
 外からの小鳥の鳴き声がいつの間にやら変わっていた。朝のスズメの声からピーヒョロロとトンビの声になり、山鳩のポーポーポッポーの声がこだまする。私は書類を淡々と読むことに集中した。そして、

「少し休もう」
「はい」

 二時間ほど働くと朝のお茶の時間だそうだ。省庁にはない習慣で、まるで貴族のお家のようね。

「根を詰めてもいいことはない。以前は省庁にもこの「一休み」はあったんだ。だけど仕事に追われてな」
「ふーん」

 そしてこの部屋の担当のメイドさんは時間が来ると、壁と同化してると言って差し支えない扉を音もなく開けた。私は目の端に壁がッとビックリしたけどみんなはスルー。ほら君もおいでと、会議用の大きなテーブルに何ごともなかったように移動。扉はノブはなく、少し指を入れられるくらいの細工はしてあるそうだ。でもね、倉庫かと思ってた場所から現れるのは驚くでしょう?

「まあね、あれ近道なんだ。厨房からね」
「へー……」
「万が一があった時、あそこから殿下が逃げることも出来る」
「嫌な扉ですね」
「その使い方がないことを願うよ」

 窓からの爽やかな風がカーテンを揺らす。お茶を飲むにはいい時間。戦がなければこの国は穏やかだったの。金属の原石を採掘し、それを様々な物に加工して売る。もしくは金属の延べ棒や、砂鉄や鉱石の姿のまま売る。国の半分が鉱夫で男性主体の国なんだけど、だからといって女性がないがしろにされてる訳でもなかった。

 女性はおうちの農業ばかりではなく、バザールをしたり、服飾、貴金属のデザイナーなどに進出していて働く人もそれなりにいた。特に戦闘に巻き込まれた二つの領地には多くいた。国境近くでにぎやかな場所だったから。でもたくさんの人が亡くなったと聞いている。
 
 みんなの前では口には出さなかったけど、彼女らは女性が表に出るパイオニア的存在だった。でもこの戦で女を外に出すと死ぬと思われてしまった。逃げ遅れる人が多かったから。今は人手不足で女性も表にいるけど、もしかしたら戦後処理が終わると昔に戻るかもと思っている。お母さんをしなさいってね。法なんてその時々で変わるものだし。カップのお茶を見つめそんなことを考えた。

「午後はなにするの?ティナは」

 その声に我に返った。昨日運んでもらった荷物や追加の物の整理ですとカール様に答えた。

「ここに住むなら使えるものとダメなものをメイドさんと選別して、足りないものは作ったり、兄様にお金送ってもらって街に買い物に行きます」
「金なんていらない。俺が出すから」
「へ?」

 なにをおっしゃると横の殿下の方を向いた。殿下お金ないんでしょう?自分で用意します。それに制服でもないしね。ドレスは当分の間レンタルして下さいませとお願いした。

「そのくらいならある。ないのは小遣いだ。生活費はあるんだよ」
「そうそう。王族は身分に合う身支度が必要だからね」
「知ってますが、それを私に使うのは違います。それは殿下を整えるお金です」

 真面目はかわいくないよ?甘えることも大切と俺は思うねってカール様。いやいや、それとこれは違う。臣下と主の線引きは大切です。ならあなたたちに殿下は支度金を出しましたか?と聞けば三人は無言。だと思った。確かにうちはお金はないけど、お仕事に使う分までないはずはない。とても少なかったけど
確かにあったもん。父の死亡の慰労金も今はあるはずだし、数着の仕事用のドレスくらい作れまーす。たぶん……だけど。

「俺が出すからティナは黙りなさい。ロッティに職人を用意させる」
「でも……」
「俺が引き抜いたんだからさ。引き抜かなければ使わないお金だったんだから」

 隣に座ってる殿下にキッと睨まれ、仕方なくはいと答えた。が、なんか変なのよねぇ。私だけ特別に扱われて座りが悪い。でもみんなそうだよねとスルーしてるし、この部分はモヤモヤする。

「そんな顔しない。どこかの午後に職人を呼んであげるから納得しなさい」
「はい」

 ブスッとしてたら追い討ちで言われたけど、これ私が女だから?それとも元が男爵の娘でお金ないと思われてるのか。定かではないけど、どちらもなのかもね。まあ、隣を歩いてて問題のある格好は出来ないし、ここは受け入れるけどモヤモヤは晴れない。みんなは世間話して楽しみ、その後はまた仕事。お昼の鐘が宮中に響く頃、私の仕事は終わり。(仕事と呼んでいいかは分かんないけど)

「ティナは明日も同じように俺の隣いろ。そして領地と国のやり方の違いをきちんと把握し、問題点に気がつくようにな。君は基本的に領地の管理をして欲しいんだ」
「はいかしこまりました。ではまた明日よろしくお願いいたします」

 みんなまたねと別れた。食事は屋敷で食べればいいかと執務室を出て、乗合馬車の発着場に急いだ。

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