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1 終戦

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 私は城門の鐘がなると急いで向かう。あの人が帰って来た時「おかえり」と笑顔で迎えるために……

 長い戦火がようやく終わり、隣国との和平が成立した。どちらも疲弊し民も王侯貴族すら減ってしまい、大国のイグナリナの介入によって休戦となったのだ。どちらの国も働きざかりの男は減り、商会も農地、工場など働く人は女が中心にならざるを得なかった。残っている男は子どもか老人、もしくは怪我して帰った人、病気で出征出来なかった人だけ。街で見かける人は女が中心だった。

「お姉様、きっと兄様もリアムは帰ってくる。リアムは強かったし近衛兵になれると推薦もらってたんだから」
「うん」

 たくさんの兵士の荷馬車が戻り、王都の通り抜ける。無事に帰ってきた家族を見つけると、泣き崩れる人たちも多かった。そして父様はすでにこの戦で亡くなった。男爵家などの下位の貴族は戦闘の前線に行かされることが多く死が近い。前線の隊長として頑張ったけど、この三年にも及ぶ戦争でつい最近亡くなって、小さな魔石となり戻った。美しい金色の石になって。どれだけの悲しみが家族にあったかは言うまでもない。

「姉様!リアムの友だちのキシャが家族に手を降ってる。もうすぐだよリアムは」
「うん」

 学園の頃の級友や夜会で見かける人たちが続々と通り過ぎる。目を皿のようにしてリアムを探したけど見当たらない。そして最後の馬車が通り過ぎ人々は喜びと落胆のままその場を後にする。

「リアム遠くに行ってたのよ。きっと次ので帰って来ます」
「そうね」

 妹とトボトボと屋敷に帰った。一度引退した執事のトーマスは、主お帰りなさいませと頭を下げる。

「本日もご帰還になりませんでしたか?」
「うん。兄様もリアムもいなかった」
「さようで……遠くの前線にいるとお手紙にはありましたし、まだ移動中なのですよ」
「ええそうね」

 屋敷の家臣は老体に鞭打って来てくれている。我らでは分からないことが多すぎてね。戦だなんだと言っても残る我らは生きねばならない。女は子を産めと国からせっつかれ、十五の成人を迎えたものは婿を探せと。民には男を産んだら報奨金すら出るようになっていた。些細な金額でも大黒柱がいなくなった家庭にとって大きな金額で、それを元手に彼女らは家族を養った。

「でもさ、伯爵様より上の方たちはあんまり戦死されてないのに、民ばかり」
「やめなさい。それが身分なの」

 メイドのリンがまあまあと微笑む。初めは領内の役職のない男を出せと言われてましたが、終戦間際は男は隠すな、子どもは軍事工場に働きに出せとのお達しでしたから、仕方ありませんよって。

「女は子を産み領地を守り、日常を守れと……私たちは頑張ったけど隣国との国境付近は壊滅だと聞きました。ヘリオット様のグウガイ領やストレイス様のシムナス領は何年すれば元通りになるのかすら分かりませんもの」

 妹のエイミーは深い溜息。我がエジェレリス領は鉱山の街。男手のなさは致命的で、奥さんやお嬢さんを仕方なく鉱山に入れた。鉱石は取って取っても足りないと言われ、国から派遣された近衛の兵隊さんに叱られた。それもやっと終わった。

 お茶が不味い……とエイミーがポツリ。それは仕方ないでしょう?物がなく飲めるだけありがたいんだから。落ち着けばまた元に戻るから。父様の死で子爵に昇格するのは確定しているのだから、いずれちゃんとしたのが飲めます。

「でもさ。再分配が増えるといってもこーんなくらいでしょう?自分で稼がないとなのでしょう?」

 指でちょびっとを表現してニコッと笑う。もうこの子は。でも、この妹の明るさに助けられたのは言うまでもない。母様は戦争の前に亡くなっているし。体の弱い人でだましだまし生きていてくれたけど、それも戦争の少し前まで。私が十五になる年に亡くなった。その頃兄様は十八で父様の仕事を引き継ぐために頑張っててね。城の役職もで、父様の側近として動いてた。

「うちは実質負けたのかな?」
「負けたとは言いがたく、勝ったとも言えない。かな?」

 武器も術者もどちらも限りなく減った。従魔使いなどもういないと言われるほどの戦いで、ヘリオット様たちの領地も隣国の領地も、それは見る影もないほどの場所になったそうだ。生きて帰れただけまし。街は燃え畑は兵士が戦い、荒れ果ててなにもない。我が領地も先月からたくさんの民が帰って来て賑やかになってはいる。なのに兄様もリアムも帰っては来ない。

「リアム姉様愛してたからきっと帰って来ますって」
「うん。ありがとう」

 婚約が決まってすぐに出兵した。私の愛するリアム。私兵団の団長の息子で、男爵家の遠縁に当たる人でね。戦争がなければ今頃赤ちゃんを抱いて幸せに生きていたはず。兄様も同じ。妹はまだ相手が決まってはいなくて、でも今頃はいたかな?
 リアムの家は代々我が家に仕える家で、近衛騎士になる人も輩出する武人の家柄。騎士身分のお家だけどれっきとした貴族で、今回のことで男爵位になるはず。でも貴族の身分などこんな鉱山の領地には、あってもなくても同じなのよね。

 私の領地は戦火の反対側で、物質的な被害はなかった。屋敷のある都も焼けず農地も小さな町や村にも被害はない。人だけが消えただけ。隣の国から物も入るし、少し見た目怖い人が増えたのみ。ただ何もかも高くて買えない。粗悪品すら高く、国内に物が減ったのを近隣に足元見られた。

 毎日不安の中、婚約者と兄が帰ってくるかもと王都の屋敷で過ごしていた。国の兵士として行ったからね。私は兄の代わりに大臣の側近の仕事もしながらだから大変で、領地に帰ろうかと考えたけど、それも叶わず。帰れるはずもなく……家臣に丸投げで、みんなおじいちゃんやおばあちゃんなのに。申し訳ない気持ちでいっぱい。

「ていうか、あなたは帰りなさい」
「ええ?あたしは姉様をお支えしないとですからね」
「そう言って休みのたびに来るけど、なにしに来てるの?」
「え?……えへへ?」

 エイミーはいきなりモジモジし始めた。や~だ~姉様言わせるの?もうっ遠慮がないんだからやんって。なにそれ?あっ

「こんな中でも誰か好きな方が?」
「え?……んふふっそうなの。お城の文官さんでね。姉様についてお城に行くうちに仲良くなった方がいて、伯爵家の護衛の方なの。めっちゃいい人でね」

 この子の人たらしぶりには恐れ入る。友達の多さにも驚くけど、知らない場所での社交力?っていうのかな。本当にすごいのよね。きっと私より領主に向いていると思うけど、年長がと家臣に言われたから仕方なし。万が一があった場合、あなたが婿をもらってやればいいと本気で思っている。エイミーと世間話をしながら今一つのお茶をすすっていると、また城門の鐘が鳴る。

「姉様、休みの日は鐘のたびに門に通いましょう!一度行かなくてその時ご帰還なら可哀想です」
「うん」

 手に持ったカップをテーブルに置いた。この鐘は期待と不安を強くする。ティナ帰ったよと、笑顔のリアムや兄様を思うと胸が締め付けられる。でも、馬車にいないと悲しみに苦しくなる。今のところ戦死の報告はない。

「姉様?」
「はい。行きます」

 気持ちを引き締め立ち上がり、扉に向かった。








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